2010年10月07日

岸裕司氏発表

PTA改革からスクール・コミュニティへ
〜習志野市立秋津小学校とPTA&秋津コミュニティの実験
秋津コミュニティ顧問・習志野市立秋津小学校PTA元会長
岸 裕司

 はい、こんにちは。あ、おはようございますです。
 えーと、寺脇さんが長くなるのは予想通りで、だから一番最初に登壇いただいたんですが。でも、時間調整しながら予定通り進めて行きたいと思います。

 僕は、千葉県習志野市秋津という所に30年前から住んでおりまして、3人の子どもがいます。現在、もう3人とも成人をして、上の2人は結婚し、孫が3人いる立場なんですけれども、その3人の子どもが通ったのが習志野市立秋津小学校なんですね。で、縁があってPTAの役員を7年やりました。最後はPTA会長をやったんですけれども、丁度今日のテーマに僕のPTAに関わったこととですね、リンクします。

 それから秋津コミュニティと言いまして、今日まで続く生涯学習の推進団体を18年前にPTAから独立するかたちで立ち上げまして、現在も、いわゆる普通の公立小学校である秋津小学校を拠点にして、秋津コミュニティのさまざまなサークルが授業参画はもちろんのこと、学校という施設の一部をコミュニティルームという生涯学習施設として開放していただいたり、また、教室だけではなくて、学級花壇も借りて活動しています。子どもの数が減るということは、教室が空くだけでは無くて、実は花壇も空いちゃうんですね。それを少なくなった先生、教職員だけで世話しようとすると大変なんです。学級数が減ったから、校地の敷地が減るかっていうとそんなことはないんですね。 敷地だけ広くて先生の数が減れば、先生の負担は大きい。ですから、300平米ほどの敷地を借りて花好きの方は花の栽培をしたり、または野菜を作ったりですね、そういう場所として使うように開放してもらいました。あと、陶芸窯も借りてますが。

 で、お手元の資料の12ページをちょっと見ていただきたいんですが、ここに新しい公共宣言、12ページの下段にですね、4行有ります。ちょっと読ませていただきます。“人間の中にもともと存在する、人の役に立つこと、人に感謝されることが自分の歓びになるという気持ちと、そうした気持ちに基づいて行動する力。それをもっている人間は、公共性の動物だといえるかもしれない。「新しい公共」では、国民は「お上」に依存しない自立性をもった存在であるが、それと同時に人と支え合い、感謝し合うことで歓びを感じる。それが「新しい公共」が成立することの基盤である。”
 この文章、僕読んでですね、いまの秋津の状態、秋津コミュニティの状態に近いんじゃないかと思いました。そこで、そのきっかけがPTA改革だったということを含めて、今日お話させていただきたいと思います。

 それからこの文章の中に「国民」とあるんですけれども、私のワイフが在日の朝鮮人三世、国籍は大韓民国なんですが。そういうこともあってですね、現場で使うときは「国民」だけではなく「市民の権利」と解釈しています。それじゃぁ、順次パワーポイントで。

秋津の3つの実験
(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 秋津がやってきたことは3つです。いわば実験というふうに言えるかも知れませんが。
 1つ目は秋津小学校の授業や行事に保護者や地域の方々が参画すること。
 ざっと計算すると、年間で延べ2万人の大人が参画しています。で、学校というのは年間の約200日間営業しているんですね。ですからさまざまな授業への参画を、僕は、学社融合の中の狭い意味の学社融合、年間日数が少ないという意味で「狭義の学社融合」と呼んでます。
 2つ目は、秋津小学校という建物は年間365日建っている訳ですから、ここをコミュニティルームとして住民の生涯学習活動の拠点として使うことにより、延べ1万人が出入りして利用しています。で、これは年間通して使用するという意味で「広義の学社融合」と言っています。
 3番目ですけれども、とは言っても今では地縁もなければ血縁も殆ど崩壊してしまっている時代です。そこで、人と人を繋ぐためには新しい発想法が必要なんですね。そこで僕らは子どもの縁、子どもの縁を介して人と人を繋いで行こうという意味合いの「子縁(こえん)」で人つなぎをしています。

 それら3つを成立させてきた中で基本的に大切なのは、PTA改革時からの一貫した考え方と、推進法があります。
 それは、何をするにも互いの立場を尊重し、互いにメリットを生むWin&Win、「融合の発想」と私は言っておりますが、で実施すること。配布資料の6ページ・7ページに今回のこのスライドの主要画面を掲載しています。特に融合の発想については、6ページの上段に私の定義を書いておりますので、お読みいただければと思います。

 融合の発想を学校や地域に当てはめて使うためには、保護者と教職員がWin&Winしなければダメなんですね。だから、PはPとしてのメリットがあり、TはTとしてのメリットがある状態を意図的に考えながらやってきたのが私のPTA改革ということです。
 また学校や教育委員会もそうです。例えば学校施設開放の認可をする教育委員会にメリットが無ければ、教育委員会も開放する意味を持ちません。ですから教育委員会も学校もさらに利用する住民もWin&Winすることが大切です。具体的にはコミュニティルームを行政が管理するのではなくて、住民に鍵を預けてもらって自主的に運営するというやり方です。そうすれば、人件費がかからないので教育委員会にメリットがある生涯学習・社会教育の推進ができますから。

 それから、子どもはもちろんですが、お母さん、またはおばあちゃん。広い意味での住民全体がWin&Winするようになっています。開放施設での例では、放課後子ども教室を実施したり、その事により、今は崩壊していると言われている多世代交流が身近な小学校でできています。

 また、お母さん、おばあちゃんだけではなくて、親父たち、子どもと親父もWin&Winです。
 例えば休日でないと行けない、または夜間でないと行けないというようなお父さん達が結構います。だから、休日、土日や休日に子ども教室を開設すれば、お父さん達だって学校で子どもたちと関わることができるんです。だから、学校・子ども・親父もWin&Winです。

 そして親父たちは各種の学校教材を作っているんですけれども、教材作りやモノ作りそのものが、実は親父たちの居場所になっているんです。
 こういう考え方を元に、学校教育の充実であると同時に地域社会にもメリットが生まれる「学社融合」をしています。

 最初に申し上げた学校と住民がWin&Winするあり方として、住民が様々な授業に参画している様子をスライドで説明します。
授業に年間2万人が参画 学校と住民がWin&Win
 左の写真のおじいちゃんは元々は少年サッカーのリーダーだったんですけれども、今は4年生の国語の授業には落語の単元があることから、それをこの方が授業しています。先生だけではなくて地域の落語好きの方が実際に落語をやる。そのことによって子どもたちが様々な人と触れあい、落語を学ぶことができる。で、この時は「寿限無」を演じたそうですけれども、後で聞いたらですね、評判が悪かったと。非常に長くて子どもたちからは「おじさん疲れるよ」とのことでした。

 2番目に学校・教育委員会と住民がWin&Winするやり方の一つに、学校施設開放というのが有ります。秋津小学校コミュニティルームの場合は、学校長が管理責任者ではなくて学校長から切り離して、教育長が管理責任者になっています。ですから、休日や夜間に学校長を含む教職員が出勤する必要は全然ありません。そのことによって、住民自治で施設を使える。こういうあり方が秋津のやり方です。

学校・教育委員会と住民がWin&Win 教育長が管理責任者。校長ではない。
 右上にはサロン秋津というのがありますが、これは高齢者団体、社会福祉協議会秋津支部が、5年程前からコミュニティルームで始めたんですけれども、月2回お年寄りの集まりです。だけれども、学校の開校時間帯に催していることから子どもたちと廊下ですれ違ったりですね、また、子ども自身が「おじいちゃん、何をやってんの?」と自然に入り込むことによってお年寄りは心の癒しが得られたり、または核家族化が激しい世の中であっても、地域のおじいちゃんおばあちゃんと、子どもたちが触れ合うことが居ながらにしてできるんです。こういう状態を生み出しています。
 左下の様に花壇も開放し、花壇好き、お花の栽培が好きな方々が、教職員を煩わせないで、自分達の楽しみとしてお花の栽培をすることができる。このことも学校にも地域社会にもWin&Win、双方にメリットがあるやり方です。

 また放課後3時半から5時まで学校施設を使い、お母さんとおばちゃん達が主宰でやれることを自主的に提案していただいて様々な子ども教室をやっています。
子どもとおばちゃんがWin&Win
 右下のように、地域のおばちゃんで、塾の先生なんですが、そのおばちゃんが「秋津の子どもだったら算数やってあげたいわ」と。そうすると中学生も数学をやって欲しいということで数学教室も開いています。このときも教職員の出勤義務はありません。もう、今年で6年目に入っています。

 さらには特に、休日は親父が担当。左の上はうどん作り教室であるとか、僕もときどき科学教室をやったりですね、工作好きの工作クラブのおじさんたちは、様々な工作教室をやっています。
子どもおやじがWin&Win
 ここに写っている、これは電気スタンドですけれども、風船を膨らませてそこに和紙を貼って乾いたら風船を割ればですね、左の様な電気スタンドになる。で、この右に写っている可愛い女の子、可愛いでしょう? 僕の孫のアカネちゃん。

 実は僕の長男は、1回まちを出ているんですね。で、東京に住んでいたんですけれど、去年の3月に「アカネちゃんを秋津小学校に入学させたい」と、息子が言いましてですね、東京から子ども3人、ああ、当時は2人連れて秋津にUターンして来ました。で、3人目が秋津で生まれ、長男自身も秋津小学校の出なんですね。Uターンすることによってまた子どもが増えてまちが活性化して行く。こういうことが僕は必要なんだと思うんです。一種の心の故郷というのも様々な方が関わることによって、子どもの心を育成することができるんじゃないか、と思います。
 こんな各種の子ども教室、秋津では「秋津・地域であそぼう!」と呼んでいますが、年間では240日間、学校の開校日数よりも40日多いことを地域主体でやっています。

 3番目は人繋ぎは子縁(こえん)で。
学校・子ども・おやじがWin&Win
 特にお父さん達っていうのは忙しい。だけれども好きなことだったら参画するんですね。例えばモノ作りが好きなお父さんだったら飼育小屋を作ったり、余裕教室の一室を先生の要望で低学年用の図書室に改造したりと。こういうモノ作りには、結構集まってくるんです。この状態は、お父さん達にとってもやっぱり居場所なんですね。だから学校が教育教材として充実するものを得られるメリット、お父さんにとっての休日の楽しみの居場所を得られるメリット、だから学校とお父さんのWin&Win。
 ちなみに子縁を僕なりに定義すると、下の方に書いてありますが、“子縁は子を持つ親はもちろんであるが、何らかの事情で子供をもたない若夫婦や、子や孫などの居ない、または同居していないお年寄りなどにも拡大させて、地域社会で様々な人と人を繋ぐ新しい縁結びの考え方”。
 例えば独居の方って非常に増えたんですね。日本全国の1世帯平均人数は2.43人。3人いないんですね。であれば、孫に会いたいけど同居していない。だけど地域の孫だったらいるじゃないかと、子どもとお年寄りを学校を拠点につないでいく。そういう状態を生み出して行くことが大切なんじゃないかと。ということで、親父を引っ張り出すにはモノ作りがいい、というふうに私は経験的に思います。

 そうすると、どういう効果が生み出されるか、そういうことを意識して大学生などが調べてきたことの1つがこのデータです。
中学生に追跡調査
 これは、秋津小学校を卒業すると第七中学校というところに行きます。第七中学校には秋津小以外に2つの小学校からも来ています。だから小学生に訊いても分らないことが、中学生に訊いたら分る。ということで訊いたものです。

 で、上の図には、今中学生だけれども、「小学校のときに放課後や休日、自分の小学校に何回くらい行ったか?」と訊きました。すると、秋津小卒業生がだんとつに多いんですね。つまり、放課後であろうが休日であろうが、学校が居場所になっている。
 で、下の図の方は、今は中学生だけれども、「中学生になってから母校の小学校に放課後や休日に、年間何回くらい行きましたか?」と、訊いたんです。そうするとやはり圧倒的に秋津小卒業生の方が母校に来ているんです。
 この事実から、幼少期からの様々な人々との触れ合い経験が子ども自身の故郷意識を醸成し、しかも中学校にまで連続しているんじゃないか、と考えることができるんではないか、と思います。

 じゃ、今度は高校生になったらどうかということで、上の方の図は2本の棒線がありますが、2本の上の方の図は秋津、下の方は他の地域。他の地域というのは、横浜市・川崎市・福岡県小郡市の進学高校の男子生徒370人。で秋津の方は、秋津小を卒業し調査時点で秋津に住んでいた高校生男子26人。まあこの有効回答は60%ですが、だからちょっと人数は少ないんですけれどもね。
高校生に追跡調査
 で、「今の自分が好きですか?」という問いに対して、赤が「その通りだ」、グリーンが「どちらかと言えばそう」。つまり自尊感情が高校生になっても、秋津の少年達は他の地域の高校生より比較的高いんです。
 下の図はコミュニケーション能力に関することですけれども、「友達が話しているところに気軽に参加できますか?」の問いです。赤とグリーン、上位2つを採るとやはり秋津の高校生がかなり高い。

 何故こういう能力が培われたのかということの仮説として、やはり幼少時から自分の地域、子どもにとっては歩いて行ける範囲。そのエリアに住んでいる大人たち皆が関わることによって、無意識の内にこういう有意性が形成され、更に高校生になっても続いていくんではないか。ですから幼少期の多世代交流の効果、これが実は高校生になっても持続していくんではないか、と思うんです。

 じゃあ、お父さん達はどうか。
 例えばAさんは「活動に参加しているうちに子ども好きになった。今では地域のスポーツクラブでよその子の世話をして楽しんでるよ」。Bさんは、「コミュニティに参加するようになって、親子の触れ合いが子どもの人格をよい方向に育てるということに気づいたよ。子どもにとって一番だいじなものは大人と触れ合う時間だね」。飛んで、Fさん。「コミュニティでは皆が生きる知恵をもってる。年配の人とも一緒にやっていろいろ学んだ。人生、ずっと学ぶことがあるね。楽しくやっているよ。子どもがこんな姿を見て、何かを学んだり感じたりしていると思う」と言っています。
 つまり大人のほうも成長するんですね。
秋津コミュニティの活動は「親父力」や「人間力」を高めている

 このような秋津コミュニティ、秋津モデルと言われている状態にするにはどうしたらいいか。
 1つは家庭・学校・地域が開かれているということ。家庭も開くことによって、家族も成長していくんです。

 2つ目は、PTAが主体になっての実践が大切です。
 例えば親父の居場所を学校につくることです。様々なサークルを作ることによって、例えばパソコンクラブとか工作クラブとか比較的男性が参加しやすい、そういうサークルを作る。または現在の国の施策である「放課後子ども教室」を学校の教室でやってみたり、または学校支援地域本部事業を積極的に行ったり、または総合型地域スポーツクラブを積極的に作って学校改革から社会改革・地域改革、しかも世代間交流を伴っての健康的なまち作りを考えた、勝ち負けに拘らない、そういう総合型地域スポーツクラブづくりというのも大切だろうと思います。
 これらは秋津ではすべてやっていることなんです。

 3つ目は、コミュニティ・スクールを推進すること、これから議論されますが。

 でもね、これらは方法であって目的ではないんですね。目的は学校を拠点に生涯学習社会の実現に取り組むことなの。2006年に改定された教育基本法第3条に謳われた「生涯学習の理念」なんです。条文は“あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない”とあります。つまり、学校という子どもがいつでもいる場所を拠点に、大人も一緒に学び、更に学校施設を365日型で開放し、地域全体の生涯学習施設に変えていく、これがこの第3条の理念だと私は思います。その実践を、秋津モデルはやっているんです。

 秋津モデルの学校を拠点にしていつでもだれでもが集い学び合うことができる生涯学習学校の在り方を、私達は「スクール・コミュニティ」と呼んでいますが、最終的な目標は2つあります。

『誰でもが、いつでも、どこでも学べる、生涯学習のまち育てに寄与する学校と地域をつくること。』

 2つ目が、『誰でもが、安全で安心に学び働き暮らせる、ノーマライゼイションのまち育てに寄与する学校と地域をつくること。』

 特に「働く」ということですね。教職員にとって安全で安心な学校。教職員にとって働きやすい学校。これも我々は同じことと見ています。例えばコミュニティルームで子育てサークルが在れば、これから若い先生がどんどん増える中で、保育所に預けても熱があったら駆けつけなければいけない。その時に、学校に、勤務校に連れてくればいいじゃないか。1階のコミュニティルームの子育てサークルの方々が、働いている先生のお子さんを預かって、そして授業の合間にお乳をあげに来る。もし何か困ったことが在ったら、勤務校区の校医先生にお尋ねすればいいじゃない。だから働きやすい職場としての学校づくりも大切なんだと思うんです。

 最終目標はそれらを通してまちのソーシャルキャピタル全体を向上していくこと。つまり、自主的な学び、安全・安心、働きやすい学校、健康、市民自治、それら総体としてのまちの魅力により、若者家族のUターンやIターンを促すと。つまり子どもを増やして持続可能な、サスティナブルタウンにして行くということ。このことそのものが新しい公共を住民主権で創出することなんだ、と思います。
秋津モデルのスクール・コミュニティの最終目標

 以下は秋津のまちとPTAとの関わりの歴史ですが、特に重要なこと、1つ申し上げておきたいと思います。開校の6年目ですが、1986年に私も関わったんですが、PTA規約を改正しました。

 どこを改正したかというと、それまで入っていた、「学校の人事や管理には干渉しません」。これを廃止し、変えた文言は「会員相互の理解と資質向上をはかることを目的とし、本会と学校は互いに干渉することなく立場を尊重しあい、目的達成のために協力します」に変えました。目的は何かと言えば、「会員相互の理解と資質向上」。つまり、産んだだけでは親になれない時代なんだと。だから保護者は保護者らしさ学ぼう、教職員も免許を持っているだけでは納得できる授業はできないんだ。だから教職員も学んで行こう。それが我々のPTAの最大の目的です。これを作ったことにより今日の秋津小学校、及び秋津コミュニティの生涯学習を中心とした学び合い学校になって行ったと私は感じています。この全文は資料にも書いてあります。
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 そんな流れから2005年度に文部科学省より「コミュニティ・スクール推進事業」の委託校。その前にも、文部科学省の「新しいタイプの学校運営の在り方に関する実践研究」の指定を受けたりしながらですね、2006年に習志野市教育委員会からコミュニティ・スクールの指定を千葉県で最初、現在でも未だ唯一受けた学校です。
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 最後に秋津で活動しながら出来てきたキーワードが4つ程あります。

 「できる人が、できるときに、無理なく、楽しく!」
 僕がPTAに関わる前は、この逆でした。「出来ない人が出来ないときに無理して楽しくない」。だから、「子どもが卒業したら、もう2度と学校行かない」という親が多かった。また先生から見たら、「PTAの保護者の方たちが私の休日を奪う。休日に開いたバザーに何であの先生来ないの?って平気でちくられた」と。だから先生にとっても「PTAって嫌だわ。そんなPTAは辞めましょう」っていう感じでした。

 2番目、「楽しく、ゆっくり“わたし流”に!」
 秋津コミュニティの生涯学習を推進する考え方です。生涯学習は強制されてやることでは無いんだ。だれかと競うことではないんだ。私流で良いんだ。だからゆっくりで良いんだ。大切なのは楽しいということ。

 3つ目が、公共施設を借りるときの、住民の意思・市民の意識。「自主・自律・自己管理」です。

 4番目に、それらを通して「自助・共助、最後に公助のまち育て」です。出来ることは自分達でやって行こうの『自助』。助け合えることは助け合ってやって行こうの『共助』。そして、最後に行政頼みは最後の最後。最後に『公助』のまち育てです。
秋津実践から生まれたキーワード

 その下の参考に記した人数ですけれども、日本の0歳から14歳の総人口は約1千7百万人。これから退職を迎える57歳から退職直後の65歳までの総人口が幸い約1千7百万人。つまり元気なシニア1人が孫世代の子ども1人と一対一対応ができるんです。こういう時代は珍しいのです。だから、地域の元気なシニアを誘い、忙しい現職の親は子どもたちを見守ってもらえるように働きかけるととても助かるだろうということです。こんな役割をPTAが担えば、親の荷も軽くなるだろうし、優しいまち育てにもなるだろうと思います。
 最後に、学校づくりは子育ちとまち育てと三位一体なんだ、この3つは、切っても切れない関係なんだと感じています。私の発表を終ります。ありがとうございました。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 08:29| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前川喜平氏発表

今後さらに進化するであろう「コミュニティ・スクール」の概略や期待、
「新しい公共」と文部科学省の施策など
文部科学省 大臣官房 総括審議官
前川 喜平

 はい、それでは、画面が直るまで私が繋いで話をしたいと思います。私は文部科学省の役人でございまして。寺脇さんは、いわゆる、過去官僚或は脱藩官僚といわれておりますけれども、私は現在官僚。寺脇さんが係長のときに部下で、しごかれた人間でございます。

 で、今日はコミュニティ・スクールについてのお話を中心にしていきたいと思いますが、特に資料を用意してきていなくて大変無責任な話でございますけれども。

 私、審議官というような肩書きを持っている訳ですけれども、今日は文部科学省の人間というふうに見てもらわないほうがいいと思います。文部科学省の公式の見解というものをお伝えするということもするでしょうけれども、そうでないことも言いますのでね。それ全部文部科学省が言っていることだと思われてしまうと、困っちゃうんですね。特に今、政治主導の世の中でございますから、大臣・副大臣・政務三役という、その指揮、命令の下に私ども役人が仕事をしている訳でございまして。公的な立場でお話をするにあたってはですね、「こういう話をしますからいいですね?」って大臣に了解を貰わなければ話しができません。そういうことでは困りますので、いち個人の前川喜平ということでお話をさせていただこうと思っております。

 コミュニティ・スクールっというのは、岸さんの関わっておられる秋津小学校もそうなんですけれども、これは沿革からいえば平成12年12月、教育改革国民会議というものが報告(※)を出しまして、その中に初めて出てきたアイディアであります。公的に出てきたですね。で、教育改革国民会議の金子郁容(かねこ いくよう)さんがこの報告のときの立役者である、ということでございます。ただ、その過程において、金子郁容さんと一緒になって、コミュニティ・スクールの考え方をまとめて行ったもう一人の人が居まして、その人が鈴木寛という人です。で、偶々今、私の上司になっている訳です。副大臣で居られます。
 ※教育改革国民会議の報告 http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/houkoku/1222report.html
 
 教育改革国民会議の報告っていうのは、そういう何て言うんですか、21世紀型っていうか、ポスト近代化っていうか、そういうテーマの事も盛り込まれていましたけれども、全く逆方向のことも盛り込まれていて、いろいろなものがごちゃ混ぜになっているような、そういう報告だったと思うんですけれども。

 この、直接の切欠と言えば教育改革国民会議の報告だった。で、それを受けて、コミュニティ・スクールという仕組みを制度化して行こうということで、いろんな議論が始まった訳ですけれども。やっぱり、すでにエスタブリッシュされた教育界のいろんな組織だったり、そういうところからは、もともと快く思われて無いんですね。制度設計をすることに於いても、あまり、例えば都道府県教育委員会のご賛同は得られなかった訳ですね。そういう中で、教育改革国民会議の報告に有るじゃんって言って、その上にまあ楯にして仕切って作ってやってよ、という所が有った。草の根の制度をトップダウンで作った。そんな所があるんですね。

 コミュニティ・スクールという言葉は、制度上の言葉では有りません。コミュニティ・スクールの和訳、和訳って言うか日本語、漢字で書くと地域運営学校。地域運営学校=コミュニティ・スクール。漢字で書いたときは地域運営学校、カタカナで書くとコミュニティ・スクール。でも、地域運営学校にしてもコミュニティ・スクールにしても、制度上の言葉では有りません。法令でひっくり返しても出て来ない。法令で出てくるのは、学校運営協議会という言葉です。

 その仕組みをちょっと、ご説明しておいた方がいいと思うんですけれども、これは、是非、今日のパンフレットの14ページ。『地方教育行政の組織及び運営に関する法律』の学校運営協議会に関する法律がそっくりご在ますので、これをご参照いただきたいと思うのですが。

 学校運営協議会というのは、学校を設置する自治体とその教育委員会が指定する学校に置くことができる、ということであります。ですからこの学校運営協議会を置くかどうか、つまりコミュニティ・スクールにするかどうかというのは、設置された自治体と教育委員会の判断による、ということになります。

 それで、1つ、これはですね、第2項というところに、「学校運営協議会の委員は、当該指定学校の所在する地域の住民、当該指定学校に在籍する生徒、」、ここは岸さんが太字にしてますけれども、岸さんがしたんだと思いってますけれども(岸さんより、「その通り!」)、「児童又は幼児の保護者その他教育委員会が必要と認める者について、教育委員会が任命する。」で、矢印で、生徒も委員になれる。で、『生徒も委員になれる。』って僕はこの結論は、あの、事実です。ただ、「当該指定学校に在籍する生徒」って、ここで切っちゃいけないんです。「当該指定学校に在籍する生徒、児童・幼児の保護者」と、ここまで、ここまで一気に読まなきゃいけないんですね。これ、保護者っていうことを言ってるんで、生徒が委員になれるということを私は提起していた訳では無くて。生徒の保護者で終んなきゃいけないんです(岸:いやいや、これはね、法律家や文部科学省の佐藤弘毅さんにも確認したんですけど、「生徒」のあとに「、」と句読点が入っているんで、生徒も委員になれるんです)。入ってますか?(岸:入ってます)。ここはですね、生徒・児童・幼児、生徒というのは中学校・高等学校相当に在籍する子供、で、児童は小学校に在籍する子供、幼児というのは幼稚園に在籍する子供の事で、コミュニティ・スクールに成り得る学校全体に在籍する子供のことを並べているんです。で、その保護者っていうことです。ただ、「その他教育委員会が必要と認める者」には生徒も入るんです。

 まあ、いずれにしろ生徒は入るんですけれども、文部科学省の態度としては、「入れたくない」という態度。だからその、右側(15ページ)の、文部科学省が作成した学校運営協議会規則例ですね、これには入れてないです。生徒というのはそういう主体性を持つものではないであろうという。組織として文部科学省は見解をしている。入れちゃイカンっていうことではないです。けれども、如何なものか、ということですかね。(岸:子どもの権利条約の意見表明権の観点からは生徒を例示すべきでは)。いや、私、私を攻められても困るんですが……。

 で、学校運営協議会がどういう権限を持っているかは、第3項、第4項、第5項に載ってます。

 先ず、校長は学校の運営に関して、教育課程の編成その他教育委員会規則で定める事項について基本的な方針を作成する。で、それについて学校運営協議会の承認を得なければならない。学校及び基本的な方針について、校長に対して承認を与える、そういう権限を持っている。

 それから、学校運営協議会の第4項は、いくつかの事に対してですけれども、学校運営協議会は教育委員会又は校長に対して、意見を述べることができる。その、学校運営に関する事項についてですね。

 それから、職員の採用その他の任用に関する事項、要するに人事に関して、当該職員の任命権者に対して意見を述べることができる。県費負担教職員制度というのが公立小中学校にご座いまして、学校の設置者は市町村だけれども、先生を任命しているのは都道府県の教育委員会、こういう変則的な公務員制度があります。

 そういうことから或る程度、先生たちは、設置している自治体の教育委員会とか或はそこの住民とか、校長とかという人の方を見るんじゃなくて、都道府県の方ばっかりを見ている。都道府県の教育委員会に対する忠誠心というのがあるけれども、市町村の教育委員会に対する忠誠心ていうのはない、ということがよく言われています。市町村の教育委員会側からは、そういうことを随分言われていまして。だから人事権を市町村に降ろせ、という要求が市町村からでているんですけれど、今現在は原則、任命権者というのは都道府県の教育委員会。但し、政令指定都市は、横浜市や川崎市というところは、市が任命権を持っている。ですから設置者と任命権者が一致しているケースが指定都市。その場合には設置者である自治体の教育委員会に人事についての意見を述べることができることになります。

 こういった法律上の権限と責任を持って、学校運営に参画するというような学校運営協議会。で、いわばその学校運営協議会を含んだ学校のことを我々文部科学省はコミュニティ・スクールと言い習わしています。

 で、その学校と、その保護者と地域を繋ぐ仕組みといたしましては、こういう制度上のコミュニティ・スクール=制度上の学校運営協議会の他にもいろいろとある訳でございます。

 類似の仕組みとして既に学校運営協議会の制度の前に制度化していたものとしては、学校評議員制度ていうのがありました。学校運営協議会というのは、まだ学校数少ないんですけれども、学校評議員の方は、今、大部分の公立の小中学校にも入っています。

 それから、学校運営協議会と類似の機能を果たしているものとして、これは予算事業としてやっている訳なんですけれども、学校支援地域本部事業です。これは、運営に参画するのではない、教育活動に協力する、という仕組みであります。

 それから、学校評価っていう、これも、今、全ての学校でやってくださいね、ということで、法律上なっておりますけれども、その学校評価の一形態として学校関係者評価っていうものも重視して行ってる訳ですが、要するに、学校ステイクホルダーとして、保護者だとか住民だとかという人たちが、その学校のガバナンスについて評価をする。こういう仕組みを導入して欲しいっていうことです。その場合の学校関係者評価の母胎、学校評価委員会というのが作られるケースがある。これも、コミュニティ・スクール=学校運営協議会に類似している。

 実は、要するに学校と地域を繋ぐようないろいろな取り組みというのも文部科学省でもあっちこっちでやってます。文部科学省ってそんなに大きな役所ではないんですけれども、その中のあっちでもこっちでもやっている訳です。

 コミュニティ・スクールというのは、初等中等教育局がやっています。学校支援地域本部というのは、生涯学習政策局がやっています。生涯学習政策局の中でも学校支援地域本部を担当している所と、放課後子ども教室を担当しているのが別の課なんです。学校支援地域本部を担当している課が、偶々PTAの事を所轄している社会教育課です。学校評価っていうのも、コミュニティ・スクールとはまた別のところで初等中等教育局ではありますけれども、別のところで担当している訳です。

 学校と保護者や地域を繋ぐっていうことが、非常に大事なテーマなんですけれども、その為の取り組みっていうのは、いろんな側面からあっちこっちでやっている。文部科学省の中でもですね。それが1つになっていないっていう問題がございます。

 コミュニティ・スクールっていう狭義の、狭い意味での制度上のコミュニティ・スクール、つまり学校運営協議会っていうのは、あくまでも学校の運営に関する意思決定に対して意見を言ったり参画する、そういう仕組みであって、日常の教育活動に協力する、参加するということは、本来的には想定されていないんです。

 そういう機能はむしろ、学校支援地域本部の機能だというふうに文部科学省は考えている訳ですね。しかし実際のコミュニティ・スクール、学校運営協議会というのは、日常の教育活動に参画する、学校の教育活動に参画するという機能も持っているし、それから、学校と隣接するところで、学校とは別に、場所としては学校を使うかもしれませんけれども、学校教育とは別のところで、子どもたちに対する教育活動や体育活動や交流活動といったものを支援する、放課後子ども教室の機能を持っているっていうこともあります。

 そういうもの全部をひっくるめて、一般的にはコミュニティ・スクールだと思われている。制度上のコミュニティ・スクールっていうのは実は学校支援地域本部の、つまり地域の人たちが学校教育に参画する、協力する機能。それから放課後子ども教室、学校の外で子どもたちに様々な体験をさせる学習活動をやっている。学校の外っていうのは、制度上の外っていう意味ですね。物理的には学校の中かもしれないですけれども、そういうのも全部ひっくるめて、コミュニティ・スクールっていうふうに、一般的には意味されていると思います。

 コミュニティ・スクールは、本来的には、制度上はですよ、学校管理運営の意思決定に参画するという仕組みなんですけれども、いきなりそれを導入しては失敗すると思うんです。で、また、そういうことを恐れていて、教育委員会や校長さんたちはコミュニティ・スクールという仕組みにネガティブなんです。

 日常的な協働関係、信頼関係がないところにいきなり運営だけに参画すると、運営するという仕組みを導入したら、そこは、もう、何て言いますか、まあ、失敗は目に見えている。従ってこの学校運営に参画するという学校運営協議会の様な仕組みを設けるためには、その前に、学校・保護者・地域との協働関係・信頼関係を作って来なければならない。

 こういった観点からですね、あ、10分間か。で、「スズカン」って言ってますけれども、私どもの上司である副大臣で鈴木寛という人は、先ずは放課後子ども教室を開くところから始めて行く、つまり、学校にいきなり入って行くんじゃなくて、学校のそばで、学校の子どもたちと同じ子どもたち、学校に居るときは児童と呼ばれますけれども、学校の外に出れば地域の子どもたちと呼ばれる。その子どもたちに、地域の大人が関わるような場を作っていく。それを偶々学校の放課後なんかに学校の教室でやっていると、教育っていうのに無関心で居られなくなる。と、こう、必ず覗きに来るだろう。覗きに来たら引っ張り込んだらいい。それで地域と学校との関係をそういったところから作っていって、一定の関係ができたら今度は、地域が学校の中に入って行くという学校支援地域本部を作っていく。そうやって、学校の中に地域の人たちや保護者が入ってきて、それについて教職員が違和感を持たないようにですね、できたら、それを広げていって、その上で学校運営にも参画するという学校運営協議会というものを作って行ったら良いんじゃないか。こういう段階を経て作っていくのが良いんじゃないかっていうことです。

 現実にも放課後子ども教室というのは平成22年度予算事業費の上では9,978個所となっています。小学校区で大抵作ることになっています。で、学校支援地域本部というのは中学校区単位で置くってなっていますけれども、3,645箇所。放課後子ども教室に比べると3分の1ぐらいの規模です。

 コミュニティ・スクールとして指定されている学校、これは今年4月1日現在で629校ですね。今後、指定が予定されているっていうところが、218校あるんですけれども。未だ未だ1,000校に達しない。まあ、そんな状態です。

 放課後子ども教室の数の3分の1くらい学校支援地域本部があって、学校支援地域本部の数の4分の1から3分の1くらいコミュニティ・スクールがあるっていうことです。

 ま、そういう段階で、進めていくと良い感じの地域と学校の関係が出来て行くんじゃないかっていう、そんな感じがございます。

 とにかく、都道府県の教育委員会は、基本的にコミュニティ・スクールに対しては敵対的とは言わないまでも、消極的か無関心か。で、市町村の教育委員会の中にはもの凄く熱心なところと、都道府県の教育委員会と同じ感覚というところもございます。
 コミュニティ・スクールは結構増えたっていいますけれども、市町村で行くと82市町村しかやっていない。1700以上ある市町村の中で82しかやっていない。つまり1つの市町村でガバッとたくさんの学校を指定していますから。京都市とか世田谷区とかですね。そういうところでガバッとやってますから、数は増えているんですけれども市町村数は増えていないんです。つまり、やる気のある市町村とやる気のない市町村との違いが非常にはっきりしています。

 で、先程申し上げたように、やっぱりその、コミュニティ・スクールっていうその意思決定にまで、学校運営の意思決定にまで地域住民や保護者が参画するという仕組みを作るためには、その前に、協働関係っていうのが出来ていなければいけないっていうことなんですけれども、そういったものが地域の中にある教育力のようなものを引き出していくっていう人がどうしても必要になって来る。
 ソーシャルキャピタルっていうものは潜在的にはあるはずなんですけれども、それを顕在化させる人がいなければ、それは本当の社会関係資本と呼ばれるものになり得ない。その為の仕掛け人、或は繋いでいる人というのが非常に大切で、そういう人が、ピッタリとそこにいた場合には大成功する。で、それが上手く行かないと、失敗する。
 まあ秋津の場合にはやっぱり、岸さんと思いますね。こんな人がこう、1700人居れば全地区、日本中の市町村に出来るんでしょうけれども、なかなかこういう人はいませんよね。

 それでですね、そうやって実は今、放課後子ども教室だ、あっ、あと5分か、はい。学校支援地域本部だ、学校運営協議会だと別々のところでやっているんですけれども、スズカン、まあ我々あの親しみと尊敬の念を込めてスズカンと呼んでいるんですけれども、副大臣ですけれどもの発想では、将来的には1つのものになって行く。我々はそう思っているんですけれども。
 で、1つになって行く姿を地域コミュニティ学校と呼ぼうという方向になっているんですけれども、これも今のコミュニティ・スクールと紛らわしくてですね、もっと違う名前がないかなと思っているんですけれども、こういう地域コミュニティ学校っていうスタイルのものを想定して行こうと。

 で、学校と地域、それから家庭というものがクロスオーバーして融合していく、そういうまち。学社・家庭融合ですね、そういう形を想定して行こうと。で、家庭の教育・家庭の子育てといったものに対する支援を重要な要素として加えていこうと。そういう姿を将来的に展望している訳ですけれども、そういうものに近づけて行くには未だ未だ時間が掛かると思いますけれども、地道に学校支援地域本部ですとかコミュニティ・スクールといったものを続けていこうと。

 今は、小中一貫教育っていうのが結構広まって来ているんですけれども、これも都道府県教育委員会っていうよりも市町村教育委員会、市町村の中から出てきている発想です。
 で、小中一貫教育ってものとコミュニティ・スクールとは親和性があります。子どもの育ちとか、学びとかっていうものをトータルに捉える。で、周りの大人が協力して行こうってことで。小学校・中学校はもう一番そばにいながらですね、実は連携していない。お互いの中に聖地と思っているところがあってですね、そこを繋いでいくっていうのが。それは小学校が中学校に対して、中学校が小学校に対して開いて行くっていうのは、先ず地域に対して開いていく前提としてなければいけないということです。小中一貫教育とコミュニティ・スクールとは親和性があります。

 更にいえば、幼・小・中ですね、或は幼稚園がない所では保育所と小中との連携。そういったものもコミュニティ・スクールと親和性があるだろう。幼・保・小・中の連携、それから学校・家庭・地域の連携。こういったものが結局子どもの育ちと学びを地域社会全体として、地域ぐるみっていうのが一番いい表現でしょうけれども、地域ぐるみでトータルに支えて行こういう。そういう取り組みがこれから基礎固めを。そうすると、幼・保一体化とか一元化とか言っているものがあるんですけれども、教育と児童福祉っていう世界も融合していかなきゃいけないっていうことで。

 もう既に幼・保一体化というのは、政府としてその方針で行くんだっていうのが決まってるんです。来年の通常国会には幼・保一体化という法案を出すってことが決まっているんですけれども、実は何にも検討できていないんです。どうやったら一体で行こうよって言ったら一体で行くんだ、というふうに考えてもらえるのかですけれども。その場合、保育所を教育委員会の中に移すっていうのが結構増えて来ているんです。 

 この前、白川村っていうところ、岐阜県の白川郷にお邪魔したんですけれども、あそこに白川村教育会っていう教育者関係者が集まっている団体がありますけれども、そこは中学校・小学校の教員だけでなくて保育所の保育士さん達もみんな入っている。元々小学校へ行く子とか中学校へ行く子の保育所が2つしかないんですけれども。
 むしろこれは、ゼロ歳から15歳まで市町村単位で、あるいは市町村の中学校区単位で、子育て・教育を立体的に取り組んでいくっていう、そういう体制作りをしていくっていうのがこれからの、我々行政の課題としてあると思っています。

 まあ、そういうことでですね、コミュニティ・スクールにつきましては、今後更に発展するかたちを目指して、但し、あまり無理をしないでですね。トップダウンでやると、これは失敗する。市区町村の中でもトップダウンで指定してあんまり上手く行っていないっていうところもあります。やはり、日常的な関係というものを地道に作っていって、その中に、人々が歓びを見い出すという中から制度のかかったコミュニティ・スクールっていうのが出来るんだろうなと、そんなふうに思っています。では、私の話はこれで終らせていただきます。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
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上月正博氏発表

「熟議カケアイ」についての説明と提案
文部科学省生涯学習政策局政策課長
上月正博

 みなさんこんにちは。
 私は文部科学省生涯学習政策局の政策課長で上月といいます。寺脇さん流に言うと、文科省のゲリラ部隊的な局が生涯学習局でございまして、コミュニティ・スクールについての見方も初等中等教育局担当の前川さんとはちょっと違うかなーと思っています。スクール・コミュニティづくりが大事だと思っています。
 
 これから申し上げることは、今日、それぞれテーマがいろいろ出ていましたけど、これらのテーマを繋げ、対話・協議をしていくための1つの大きなツールにして戴きたいなと思っております。

 私ども、この4月からですね、「熟議」っていうのを進めています。熟議というのは、それぞれの当事者がですね、何々課長だとか何々校長だとかっていうんじゃなくてフラットに討議をし、お互いに学び合い、まさしく生涯学習を行い、地域課題を解決するという1つの手法でございます。で、これについて私どもは、例えば、スクール・コミュニティを作っていく手法として大変に有効じゃないかと思っています。
 それからもう1つは、これからの政策形成において中央教育審議会だけじゃなくて、政策プロセスとしてですね、この熟議というものを活用し、ネット上でテーマを設定して皆様方のご意見いただいて、それを政策形成プロセスに乗せて行こうという「ネット熟議」をやっています。

 コミュニティ・ソリューションの手法として、また政策形成のプロセスとしてという二つの熟議を進めております。スライドの右側の方が、ネット熟議で「熟議カケアイサイト」の画面の一部を示したものでございます。左側が「リアル熟議」を進めていくきっかけとして、イベント的に実施したものの様子でございます。
「熟議」に基づく教育政策形成の取組
(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 次のスライドは、ネット上でのコメント数とか、これまで実施した熟議のテーマを示しております。3ヶ月で1万件くらいのコメントを戴いておりまして、例えば、1番上の教員をテーマとしたものについては、3000件以上のコメントが集まって来ましたが、その意見は全て見えるようになっており、さらに意見のやりとりが行われています。また、出された意見を整理してまとめていくことも、事務局でまとめ案を提案しつつ、これについても意見もいただきながら更に整理して提案書として政務三役に提出しました。また、現在、中教審で教員の資質能力の向上についての検討が特別部会で行われていますが、そこにも提案書を提出して、審議の参考にしています。
「ネット熟議」(「熟議カケアイ」サイト)の運営状況

 その外にも、いろんなテーマについてそれぞれ、例えば、ある場面ではこちらから政策案を示してご意見のやりとりをいただいたり、あるいはテーマについての現場での問題状況についてご意見いただくなど、いろいろな形でやっております。

 もう一つの「リアル熟議」の方がより一層、皆様でこれから実施していただくことを期待しています。例えば、学校の周りでいろんな問題がございます。子供に対する教育・学習についてどうしていくか、という課題。或は、学校の中の先生方と保護者との関係や、地域との関係をどうして行こうかなどの様々な問題が学校という場に於いて起こっていると思いますが、そういったことについて当事者が集まってですね、フラットに議論する熟議を進めていくことを期待しています。

 熟議が上手く行われるポイントは、テーマの設定とファシリテーターでございます。ファシリテーター、簡単に言うと熟議の進行役ですが、参加者が気楽に率直に発言できる場作りをする役割として大変大切でございます。

 それから、議論を見える化するということでございます。このスライドには模造紙があって付箋が貼ってありますが、出た意見全部を付箋に書いてどんどん出して行きます。同じような意見や様々な意見を見える化することによって客観的に整理しやすくなります。これにより、議論をある意味で効率化することができます。
「リアル熟議」の展開

 それからまとめについても皆で一緒に模造紙に貼られた付箋を見ながらやって行きます。これは横浜での例でございます。熟議は一回で終らせるのではなくて、次にオンライン上でやるとか、或は今度は他の関係者間で開催するとかと展開をしていくことが大切です。

 詳しくは、私どもの「熟議カケアイサイト(※http://jukugi.mext.go.jp/」を見ていただければと思います。検索エンジンで“熟議”と入れてもらえば、上位に私どものページが入ってくると思います。

 このサイトでは、各地で「リアル熟議」を行う際の参考になる虎の巻もあります。熟議をする現場で円滑に進めるためのガイドであります。このようなサイトや虎の巻も参考にしていただきながら、是非、今日のテーマについてですね、引き続き皆様方の現場で熟議していただきたいなと思っています。
「リアル熟議」開催を促進・支援

 そう言ったことで、皆様方の対話や討議をつないでいく手法として、熟議ということを是非、頭の中に入れてといていただければ幸いでございます。私からは以上でございます。よろしくお願いいたします。

(モデレータ早川氏:はい、少ない時間で大変にありがとうございました)
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
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2010年10月14日

川端裕人氏発表

PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道は可能か?

作家・公立小学校PTA元副会長
川端 裕人

 僕はPTAと関わりまして、長男が中一なんでかれこれ7年目。割とコミュニティ志向で、地元・地縁大好き、子縁大好き、にもかかわらずPTAの運営に大いに疑問を持ってしまったがゆえに、矛盾を自分の中に抱えてしまい、いろいろ取材をして雑誌に書いたり新聞に書いたり本を書いたり講演をしたりしつつかなりPTAについて濃厚な時間を過ごしてきました。本部役員経験も一年と半分くらいあります。

 PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道は可能か? というタイトルをとりあえず書きました。これは、新しい公共宣言の中に出てくる言葉をそのまま採っているんですね。それなりのアイディアが公共の円卓会議にはあった、実際にあるという風に認識しているんですけれども、現状のPTAのまま活性化してもむしろ悪手であろう。末恐ろしいものがあるという話を今します。

 現状のPTAの問題点というのは本当に沢山あると思うんですけれども、義務的な参加が定着し、みんなやらなきゃいけないものと思っていて、事業の整理が本当に困難です。例えば、なんとか委員会の名前を変えるだけ、広報誌の名前やロゴを変えるだけで、1時間2時間語り合うなんて恐ろしく非効率なことがよくある。
価値観・ライフスタイルの多様化にかかわらず参加が義務化されているために、やっぱりいろんな軋轢が生じる。僕はそれをPTA悲劇と呼んでいますけれども、これをPTA被害というふうな強い言葉でいう人もいます。いずれにせよ、僕はこれはかなり人権問題的なレベルまでに達しているケースが全国津々浦々であるんじゃないかと想像していますし、沢山耳にしています。

 ところが、PTAを経験した人が地域社会の諸々の役割の担い手になっている、PTAはその苗床になってきたというのは間違いなく事実です。それはPTAのいい所なのかもしれない。但し、PTAの諸々の問題点を克服して自分でなんとかそこでサバイバルできた人たちのみがそこに巣立っていく。ひょっとしたら極端な話、目の前で起きている人権問題に無関心であれた人が生き残れたのかもしれない。或はそれに心を痛めながら、自分がなんとか頑張れば、他の人が楽になるんだっていう気持ちで役員をやり続けた人もいることを知っています。けれども、巣立つ人たちよりも、もっと多くの意欲のある人を学校から遠ざけているのも事実。今のPTAでサバイバルできるある特定の傾向を持った人だけを地域社会に供給し続けてしまう問題点があると思っています。

 何故こんなことを考えるようになったかということなんですけれども、自分の体験だけでなくていくつか調査があります。まず、2009年5月に産経新聞で出たPTAアンケート。655名だけの回答で、おまけにインターネットで募ったものなんで、どれほど信頼性があるのか分らないですが、PTAは必要と思うという人が58%。子どもの教育や親にプラスだと考えた人が52%。組織改革を何か行うべきだっていうのが実に95%に達したと。
 いずれにしろ、これはネットアンケートです。参考程度に、ということで次に進みます。

 教育支援協会が文科省の委託事業という形で採った2009年のアンケートは、回収が3285枚で役員経験者630枚と、かなり本格的なものです。そこで「PTA組織が必要だと思いますか?」といいますと65%の人がイエスと答えた。

 でも委員会未経験者に「引き受ける予定ありますか?」って聞いた所、「積極的に引き受ける予定がある」が8%、「なにか事情が有ればやりますよ」みたいなものを足しても過半数満たないくらい、っていうふうな結果。

 さらに委員会経験者向けに「委員を引き受けてどんな良かったことがありますか?」って聞きますと、トップ2が「学校の様子がよく分った」と、「知り合いが増えた」。これ分る気がします。で、同じく、「困ったことはなんでしょう?」と聞いた所、「時間のやりくり」と「人間関係」がトップ2に出てくるんですね。

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(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)
 駆け足ですけれどもまとめます。「必要である」が65%いるのに、委員を引き受ける予定のある人が8%しか居ない。何らかの事情があれば36%の人が引き受けてもいいと考えていると答えているんですが、まあ、これは必要とされているのと実際にやろうという人の間に非常にミスマッチングがある。何でここまで大きな差が出てきちゃうんでしょうか。

 引き受けてよかった理由として「学校のことが分った」、「知り合いが増えた」と、それぞれ3割以上の人が言っている訳ですよね。これは非常に大事なことです。僕もこれ、PTA活動を通して、実際に知り合いは増えました。学校のことも以前より分る様になりました。ただ、丸くなり過ぎちゃったところもあって、逆に反省する所もあるんですけれども。こういうスクール・コミュニティを作って行くっていうところで或る一定の効果があることがここで良く分ります。

 でも、一方で大変だったことっていうのが、時間のやりくり54%、これは委員経験者に聞いてますので、いわゆる本部役員、会長・副会長・書記・会計っていわれるような人たちはもっと大変な筈です。もっと苦労していると思います。あと、人間関係は18%。これは、人間関係の調整っていうのは誠に難しい、それが顕著になるのがPTAだっていうのが本当に良く分るんですね。で、引き受けて良かったことと大変だったことっていうのの、大変だったことの方がより大きいから、上でいう究極のミスマッチングが起こるのだろうと、簡単に僕は考えます。

 じゃぁ、時間のやり繰りが大変ってどのくらい? っていうのは個人的体験を話します。不思議なことにPTAこれだけ大変大変って言いながら定量化しようとした人がこれまでいなかったんですね。自分は副会長をやっていたんですけれども、毎日毎日メモを取って何時から何時まで校外の会議に出て、何時から何時までは学校で打ち合わせして、っていう風な記録をとりました。ここに出ている数字っていうのは、家の外に出て、会議に出るとか話し合いに出るとか、行事に参加した時のものです。で、家に帰って来てから、こういう企画はどうだろう、こういう事をやったらどうだろうみたいな企画書を一所懸命書いていたんですけれど、それは一切加えてありません。あと委員や役員をやったことある方だったらご存知でしょうけれど、「誰それさんがこんなことを言ってくるんだけれどどうすれば良い?」とか電話がかかって来るんですね。それがふと気づくと40分も50分も下手すりゃ1時間も話すことになるんですけれども、そういうのも入ってません。
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 で、実際に年間で166日間何かの行事や会議に出て行く日があって、そして403時間もそれに拘束された、と。2学期の辺り、これ赤で書いている部分が2学期なんですけれど、行事が多いからやっぱり大変なんです。学校行事に連動してPTAも協力するものですから。運動会には、運動会係があるから役員は暇だろうと思もっていたんですが、決してそんなことは無くて、当日忙しい運動会係が『先に場所取りしていいかどうか問題』を延々と話し合わなくちゃいけなくて、副校長からも「そんなの勝手に決めてよ」とか言われちゃうみたいな、そういう風な悲しい経験もあったりします。行事が増えると、事務局の機能も大変になって行きます。

 自分の役員生活の話に戻りますが、これまぁ、凄い大変な秋だったんです。2学期には34日週末、つまり土日があったんですが、その内17日にPTAに出なきゃならず、2週連続土日が潰れたことが2回ありました。つまり4連続で土日に出ている訳ですね。
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 これは決して、珍しいことではなくて、今のさっきの表と、このへんの周りの予定表を見せた人たちで、「え〜っ!」って驚いた人は役員経験者では少ないです。殆どは「ふん、ふん、」っていいます。で、これよりも多かったっていう人も居ます。これまで、1人だけ、私は100時間で済んだって言った人を知っているんですけれども、そこはPTAをサークルで回しちゃうっていう、面白いとこなんです。

 以上、ひと言でまとめますと、激務です。子どもたちのケアや自分の仕事に大きな穴が実際にあきました。特に2学期は健康にも影響したと思います。PTA依存ともいうべき心理状態になったような気もします。つい不安になって学校に入り浸りしてしまったり。人間って、自分がやっていることって否定したくないんですよね。PTA活動について「無理めの前向きな肯定感」みたいなものを抱いていました。それが結果的に現状を温存するようなメカニズムに直結するんだなあ、と感じました。
 僕は、自分が執行部にいる時に、PTA悲劇が起こらないように十分努力したいと思ったんですけれども、やっぱり自分もそれに加担しているんですね、後から考えてみると。自分が頑張れば頑張る程。自分が何か議論をすれば、それだけで誰かを傷つけたり、誰かが否定されたと思っちゃう。そうすると自分も削られるし相手も削られるっていうすごく厳しい現場になっちゃうんです。

 だから、僕は本当に少なくとも変えようといういろんな努力をしたんですけれども、本当に変えるんだったら一気に! マイナーチェンジはむしろ現状を下支えしちゃうなぁ、と今は思っています。本当はやりたくないのに、義務としてのみ参加するんだったらむしろ逃げ切る方が誠実かもしれないと考えるようになりました。

 取材して本を書いたり、PTA研修の講師なんかも経験させていただいて、おそらくは100校を超える学校のPTA役員さん、あるいは一般のPTA会員さんと話をする機会を得て来たんですけれども、自分が体験したり目の当たりにしてきたことは、全部あちこちで起こっているんだなぁ、っていうふうに思いました。「あなたが言っていることは絶対に違う」っていう人にはこれまで1人も会ったことは無い。で、逆に「はじめて言葉にできてよかった、」と言ってくれる人の方が多い。
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 こんなPTAが活性化すると、コミュニティ・スクールに繋がるのか? 余りにも無理があります。今だって活性化しているんですよ。これだけ忙しくてみんな働き蜂のように働いているPTA。活性化にも程があると言いたい。

 実をいうと既に多くの改革が試みられています。
 みんな業務が多いから大変だと思っているんですね。じゃ、それを皆で分担すればいいじゃないかっていう発想に行くんです。

 たとえば、一人一役制、全員に役割を割り振る。という制度なんですけれども、これを僕の知っている或る会長さんが10年位前に導入したんですね。で、その会長さんが、この前、ひさしぶりに学校に尋ねて行ったら、一人一役も最初の内は上手く回っていたんだけれど、最近では役に就いているのにそれでも逃げ切る人が出てきてしまったので、残念ながらペナルティを課す事にした。「その人たちに何させるの?」って聞いたら、学校の掃除に使う雑巾を供出せよ、と。実際、雑巾出してくるらしいんですけれども、その雑巾っていうのは最近はみんなダイソーで買ってくるって言って嘆くんです。で、それを聞いた元会長さんは、その瞬間に目の前が真っ暗になって、皆が気持ちよく、やりやすいように活動に参加しやすいように始めたことなのにこうなってしまうんだな、人を追い詰める仕組みっていうか、人に不信を植え付けるようなものに変質して行ってしまうんだなと、絶望してしまったというのを聞きました。

 あとポイント制度っていうのは、ご存知の方もいると思うんですけれど、役員やったら何点とかポイントを付けていって卒業するまでに何点貯めましょうね、という制度です。でもこれも結局やりたくない人とか、やらない理由がある人は、確信犯でやりませんから、僕の知っているあるPTAでは、半分達成者は名札に銀のシール、全部達成した人には金のシールを貼り付けようって議論していました。幸いそれは却下されたらしいんですけど、それだけで2時間紛糾したそうです。っていう風に、どんどん・どんどんキツクなって行きます。これも活性化案なんですよ。

 学校運営協議会委員の保護者枠にPTA会長を任命するケースが極めて多いと思うんですけれども、ここまで多忙を極めちゃっている人たちに、学校のガバナンスの勉強をあらたにせよって言ったって無理です。多分効果的なガバナンスが出来てくるのっていうのは、よっぽど恵まれたところだけだと思います。

 結局活性化っていうのは何なんだろう? という部分で僕は疑問を持つに至ってしまっています。PTAって、学校に保護者が関わる唯一無二の道なんでしょうか? 全員参加を前提としたPTAは凄く不自然で、もっと多様な関わり方を含めての活性化だったら、いいなと思う訳なんですね。

 誰もが下を向く役員選びの「無言地獄」と僕は呼んでますが、これは人生最悪の非民主的会議体験です。こういう会議っていうものを当たり前のように体験した大人たちが、どういう風な社会を担っていくんだろうかって、PTA会員って常時1千万人いるんですからね。直接携わっている、お母さんだけってカウントしたとしても。夫婦で両方をカウントしたら2千万人がPTA会員だっていう現実の中で、この無言地獄・非民主的会議体験っていうものは我々の社会に深い深い刻印を押してしまっているのではないかって懸念します。

 そこで僕は、今年実験的にPTA会員を辞めてみました。今、会員じゃ無いんです。それで初めて気づいちゃったんですけれど、新年度に保護者会有りますよね。僕はPTA会員ではないので、委員決めになると出て行ってくださいって排除されちゃったりするんですね。その時に、はっと気づいたんですけけれど、新しい先生のこと知りたいのに先生の自己紹介と学級運営の方針の説明がわずか5分。「その後委員決めに何時間掛かった?」って友人に聞いたら「2時間掛かった」そうです。担任と保護者の間のファーストコンタクトである新年度の保護者会っていうのはこんなんじゃいかんだろう。もっとちゃんとみっちり話して、お互いの信頼感を増した方が教育効果は上がるだろうな、なんて思っちゃいました。

 あと、悲劇の話もしますと、『仕事は理由にならない』っていうのは最早常套句と化していますし、介護・病気やプライバシーの問題を半ば強制的な雰囲気の中で「私はこうだからできない」って言わなければいけない。そしてその中で、特に僕が特に心を痛めているのは、メンタルな病気です。目に見えないものですから、診断書出せって言われる人いるんですよ。それどころか、言われる前に自ら診断書持ってっちゃう人すらいるんです。っていうくらいの大きなプレッシャーを主に母親に与えているっていうような現状。
 さらに、会長や校長からのパワハラも起こりえます。意を決した退会者の子供が差別を受けることもあるようです。そういうのはよく善意の形を取るんですね。「あなたが辞めるとあなたのお子さんが差別されないか心配だな」とか、「そうなっても私達は責任を取れない」と役員がいうとか、善意の形を取りつつ、実は脅迫みたいな状況。

 僕はここで声を大にして言いたいんですけれども、日PをはじめいろいろなレベルでPTAの連合体の活動は、見直すべきです。これまでいろいろなレベルで連携ですとか、社会調査ですとかをして来ている訳ですね。日Pなんかですとテレビの『見せたくない番組』を毎年発表して、新聞紙面を賑わせます。けれど、そういったことを、頑張るよりも、PTAっていう団体で普遍的に起こっているこういったことと真剣に向き合ってくださいませんか?それやらないと、集まっている意味無いよ、って僕は思います。ほんと、人権擁護の観点からヘルプデスクを設置して欲しいくらいですね。ちゃんと法律の知識が有ってメンタル方向の知識もあって、なおかつ社会教育団体の実際にも詳しい人に相談するなんて一つの学校のPTAの限られた組織では出来ないですから。ある程度スケールメリットを見込める連合体でこういったヘルプデスクの設置をすべきなんじゃないかと本気で思ってしまいます。

 何故、現状になってしまったかという一つの原因として、本部役員の50%が入退会の自由の事実を知らないことがあると思います。教育支援協会の調査なんですけれども、一般会員ではなくて役員経験者が知らないんですよ、本部役員が知らなければ、もうしょうがないですよね、一般会員が知るはずも無い。で、PTAは任意なのにほぼ全員が入っている理想的な保護者団体として扱われちゃっている。非常に困ったことです。

 実をいうとこの辺、文科省も気づいてくれているようで、平成22年4月26日に事務連絡が出ています。PTAは任意の団体なので文科省が特にああやりなさい、こうやりなさい、なんていうことができるはずがないし、しちゃいけないですね。でも文科省は優良PTAを表彰するという仕組みを持っている。じゃあ、どういうPTAを優良PTAと認めるかっていうような段階で、今年こういう風な通達が。『PTAが任意の加入の団体であることを前提に、組織運営や活動内容の工夫をしている団体を適切に評価してください』と通達されました。ですから、これから表彰されるPTAは全て任意の団体であり、自由な入退会が出来ることを、ちゃんと会員が知っているところが表彰される、筈なんです。
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 が、何かあの、すばらしく執念がある人が居て、一所懸命全都道府県の教育委員会・教育庁に電話してくれました。さっきの事務連絡は都道府県レベルに宛ててますが、それを市区町村の教育委員会に送っているか。青が周知している。水色が送っている。で、赤は、ダメですね、送付に消極的。こういう風な色分けができました。周知している青は素晴らしい。でもなぜか市区町村の教育委員会に、事務連絡を送らないんですね。PTAは任意の団体なんて当たり前なんだから送らないっていう風な意味だそうです。だから、あの、水色の送っているっていうところが増えたらいいですね。
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(※Think!PTA!より)

 結論として、今の日本地図なんかを見ても、文科省は知っているし、各都道府県・市区町村の教育委員会とか知らない訳ないんです。大抵社会教育関係の主事さんが居て、PTA担当者になってますので、知らない訳は無い。で、保護者だけが知らないんです。ここで、どんどん一人一役とかポイント制などとか導入されて違う方向に進んで行ってしまう。で、こういう風にPTA悲劇が繰り返されていく。

 僕はそれで、個人的に『PTAサークル化計画』というのを提唱しております。任意の加入・退会の自由をちゃんと周知しよう。必要な委員会って、結局学級PTAだけじゃないの? 学級で話し合いが持てれば他の事ってその次の問題だよね、と。
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 例えば広報委員会とか家庭教育委員会とか文化教養委員会とか、いろいろあるんですけれども、希望者が居なければ今年はお休みって腹を括っちゃっていいじゃん。広報誌が無くたって家庭教育学級が無くたって、急に子どもは不幸にならない。校外委員会のパトロールも有志に任しちゃっていいじゃん。安全神話が崩壊したなんて言われますけど、日本は未だに世界中で最も安全な国の一つです。小さな子どもが害を加えられるのは、肉親・知人の方がまったく知らない不審者よりずっと多いです。パトロールやっている暇があったら、家庭のコミュニケーションを大事にしようよと心底思います。

 PTAはまず、クラスごとの担任教師と保護者の共同体として機能させようよ。そこから、コミュニティって始まるんじゃないの? みんなにプレッシャー与えて、むしろ学校から遠ざけちゃうよりも、みんな来やすくて、そこに暖かいコミュニティがあって、クラスの子どもたちを見守れるっていうところから始めようよ。正直学級委員すら出ない場合もあるかもしれない。そうしたら懇親係くらい決めて、PTAの運営委員会に欠席しちゃったっていいじゃない。ここまで来たらなんか、学級PTAではなくて、学級保護者の集いって言っちゃったって良いかもしれないですけどね。

 役員すら空席で良いんじゃないかと僕は思っています。事務局機能だけが有れば良い。つまり、会長・副会長はいらないということです。会計と書記さんがいれば、後はいいよ。それさえ選べなないんだったらば、資産を整理して一旦休眠しても構わないんじゃないかな。お金、持ち過ぎているPTAは、逆にそれに縛られます。代表者が居なければP連もお休みになりますので、とても楽になりますよ。更に自分の子どもの為になるサークル活動してみたら? 学級通信サークル、読み聞かせサークル、陶芸サークル、美術サークル、何でも良いんです。そこからコミュニティが始まったらそこから学校に保護者を呼び込むことが出来て、スクール・コミュニティや学級コミュニティが出来て、さらに広がっていくものがあるだろう。っていう風なことをPTAに悩んでいる人に、『PTAサークル化計画』として提唱しております。

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 今終りマークが出ましたんで、ここから先は午後のディスカッションで言いますが、今のこの時点で僕の結論は、私達の明日の社会の為に──
 PTAはモデルチェンジできますか?それとも、一旦やめる?
 です。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
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宮澤美智子氏発表

保護者の視点から見た 家庭・地域・学校の連携とPTAの力
〜世田谷区のPTA活動の例〜
世田谷区立小学校PTA連合協議会元会長
宮澤美智子

 私は今日のテーマを保護者の立場から、元PTA経験者としてまとめさせていただきたいと思います。会場の皆さまの中で、PTA活動をなされた方は、私もそうでしたけれども始めから新しい公共とか、そういう高い視点で考えていた訳では無かったと思います。しかし、私自身、振り返ってみますと、学校や地域と一緒に行っている日々の活動は、まさに家庭・学校・地域を繋ぐ要(かなめ)となっており、PTAはその中心に位置していることに気づかされます。

 どうしたら現実にPTA活動をすることによって、地域社会の人々と関わり、保護者の思いを学校教育や子どもたちの育ちに反映させて行くことが出来るのでしょうか?

 世田谷区のPTAが地域社会の中で、学校と力を合わせて子どもを育てていく例をご紹介しながら、現在の公共という今日のテーマですけれども、その可能性をご一緒に考えて行きたいと思います。

 始めに、簡単に『PTAとは』という一般的なことを、私自身の経験から思いを交えてお話させていただきます。今日はベテランの方が多いようですので、ちょっと今更という事が有るかもしれませんけれどもお赦しください。それに続きまして、2つの事例をご紹介させていただきます。

 PTAはご存知のように保護者と先生とが子どもの教育に関して協力していく組織を指していますが、実際に活動を進めているのは構成員の大部分を占めている保護者でございます。スライドの画面をご覧ください。家庭教育、学校教育、地域の教育活動という中で、保護者の立ち位置を示しています。
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(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 保護者は学校に子どもを通わせ、家庭での教育に携わり、地域活動に関われる、どの教育活動にも関われる可能性を持っています。今日見られる様々な子どもの課題に取り組んで行くには、学校だけでも家庭だけでも十分ではありません。そこに住んでいる人たちで一緒に解決を図るという意識と人々との繋がりが求められています。

 我子が通う学校との関係を考えてみます。学校へ足を運ぶと集団の中での子どもの様子が分り、教育活動をする先生方の思いや工夫を知ることになります。そこで保護者同士、保護者と先生で情報を交換したり意見を述べあったりする事ができます。家庭での子どもの悩みを打ち明けたりする場合もございます。

 地域との関係はどうでしょう。地域活動に参加している子どもは、家に居るときと違った顔を見せます。家庭では分からない課題に気が付く事もございます。保護者自身が学校や地域に目を向け、足を運び、子育ての悩みを率直に話し合い、学び合う事はとても重要です。そこで保護者も、実は支えられているのです。

 保護者は家庭・学校・地域を行き来することによって、人と人とを繋ぎ、地域で顔の見える名前の分かる人間関係を繋げていくことができると思います。

 父母と学校の協力関係の会が、PTAという名前で呼ばれるようになって60年以上の歴史が在る訳ですが、活動の形態や会員の参加意識、社会から求められるものは時代と共に少しずつ変わって来ています。子どものためにという目的は変わっていませんが、初期の頃の主な活動は、学校に協力することでした。学校教育がスムーズに行くための「お手伝い」だった訳です。父母会での大人の学習も生涯学習の推進としてとても大切なのですが、1960年代頃まではあまり進んでいなかったようです。

 しかし、近年では、子どもに関する新たな課題が生まれ、様々な教育改革も行われ、教育環境も変化してきました。保護者の学校教育への関心も高くなっています。それらについて良く知ること、学ぶことがPTA活動を行っていく上で不可欠なものに成って来ました。PTAは学校を中心としてネットワークを広げ、学びながら課題解決へ向けて、組織的な活動を展開していきます。対話が可能な活動の実践が要請されて来たのです。今まで学校教育は、主に教職員が運営の担い手でした。

 今、ここに、もう1つ大事な視点が必要とされて来ています。保護者の視点です。学ぶことによってPTAの活動が主体的になると、今までお手伝いだったのが、今度は保護者が自分で考えながら学校に関わって行くというふうになって来た訳ですが、要求されたお手伝いではなく、保護者の視点が学校教育に生かされ、学校と協働して行くことも可能に成って来ました。「学校運営への参画」です。赤字で書いてありますけれども。ここのところが新しいPTAのあり方かなって思っております。
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 PTAは学校教育と地域社会の教育的機能を繋ぐ力が有ると言われますが、それは次のような理由によります。青字で書いてありますけれども、PTAはこんな力があるんだよっていうところを青字で書いてあります。
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 先ず、1番目ですが、研修などを通して子どもについて、学校教育について、地域社会について学ぶことによって知識を得、理解を深めて課題に気づいて行く訳です。左の方に書いてある「学ぶ」という赤字の下の部分です。

 2番目ですが、今度右の方に参ります。「行動する」という所なんですが、教育条件整備要望。子どもの為にどんな環境がいいかということをいろいろ考えながら教育委員会などに要望して行く訳ですが、整備要望書を出したり、学校教育支援に入ったり、あと子どもの為に安全活動をしたりという多方面での活動を積み重ねることが、学校や地域社会での信頼関係を築くと。いろいろなところでいろいろな学びに裏付けされた活動をして行くことが、顔見知りになって信頼関係ができて来ると言うことです。

 で、3番目なんですが、そういうPTA活動を積み重ねるによって、お母さん同士もお話したり、自分の意見を言ったり、相手の意見を聞いたり、議論したりという、そういう力が付いて来るのではないかと思っています。PTAという組織を動かして行くという事はやはりとても大変なことで、午前中の川端さんのお話にも出ましたけれども、組織を運営する力というのもやはり冷静な判断力とか、感情に流されないでいろいろと考えながら作っていく。そういう力も知らず知らずに付いて来るのではないかなと思ってます。

 で、これらの3つの理由によって、学校教育へキチンと思いを伝え、学校・地域と共に共同して行く力になる。というふうに私は感じています。青字ですね、「学校教育への参画」というふうに思います。

 この様にPTAが地域で多様な活動を展開するという事は、いろいろな目で、多角的な視点で子どもを育てる。そういうコミュニティを作るということに欠かせないのではないでしょうか。

 次世代を担う子どもは、その学校と家庭だけでは無くて、地域社会みんなでやってくんだと。そういう認識をみんなで共通認識として持って。で、PTAとしては、保護者としては何ができるんだろうかということを常に念頭に置いて活動して行きたいと思ってます。

 現在導入されつつある、先ほどからお話が出ていました学校運営協議会制度・学校評議員制度・統合型地域スポーツクラブなどのいろんな制度が入ってきていますけれども、そこには、PTA経験者が多く関わっています。PTAのあの人が居るから学校運営協議会が可能になるんだ、と言われてスタートしたところもございます。今から新しい活動を増やすと言うことでは無くって、PTAの日々の活動を積み重ねていくことによって、学校教育への参画の力になって行くと思います。

 教育委員会についてなんですけれども、教育委員会とか教育行政っていうのは、こっちの下の方に書いてあるんですけれども、バックアップという形で下から支えるという形で、上から何かを言うというのでは無くて、私達の活動を下から支えていくという。そういう姿勢がいいな、というふうに活動している人間にとっては感じております。

 PTAは地域社会と交流しながら、社会的視点からどのような子どもを育てたいのかっていうイメージができてきます。子どもも社会の一員なんだということに気がつきますと、保護者としてこういう子どもを育てたいという事を発信していくことができます。これはもう、保護者の権利だと思います。

 教育委員会とか教育行政といわれるものが子どもを育てるのでは無くって、保護者が自分で気づいた有るべき子どもの姿、こういうふうに育てたいっていうことをどんどん発信していきたい、というふうに思います。

 そのような活動を2つばかり世田谷区の例としてご紹介したいと思います。
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 一番上の方に「公教育を保護者の視点で考える」と書いてございますけれども、いろいろと考えながら学びながら信頼関係を作りながら活動してきて、保護者の視点から教育ビジョンの様なものを作り上げてしまった。という例でございます。

 学校ではそれぞれ教育目標があり、実現を目指して教育が行われている訳です。その教育目標というのは、地域がある教育行政が定めた教育ビジョンに沿って立てられている訳です。教育の大元の部分です。教育行政のほうが「こうしましょう」って言って決めるのが普通なんですけれども、私達のPTA連合協議会は、その教育ビジョンの策定に学校と教育委員会と一緒になって、策定会議というものに一緒になって出席して一緒に作ることが出来ました。

 平成14年、完全学校週5日制が導入されたときからですが、ゆとり教育ということで、ちょっと大きな教育改革がされようとした時なんですけれども、世田谷区立小学校PTA連合協議会、世小Pと略しますけれども、区内の7000人の保護者に対してアンケート調査を実施しました。

 この、左側の方に書いてあるんですけれども四角い枠の中ですが、『保護者の視点で考える教育改革〜実態調査レポート〜』として発表いたしました。その時の分析結果が、こちらの右の方にある教育ビジョンの元になっている訳です。調査レポートは教育改革を切欠に、保護者は学校教育に対して自分達が何をすべきか考え、思いを発信して行きたいと考えて行なったものです。

 この結果は文部科学省により記者発表され、全国に情報発信されました。一自治体のPTAがこのような発表を行ったのは初めてのことだそうです。

 では、保護者が子どもに付けたい力はなにかと言いますと、このときの結果では「心豊かな人」ということで、人と自分を愛し尊重する子、思いやりのある子、優しい子、忍耐力のある子。そういうキーワードが一杯出てきたんですけれども、それらの親の保護者としての思いをこの策定会議でいろいろ言葉を考えたと思うんですけれども、その結果、ちょっとここには書いていないんですけれども「人の歓びを自分の歓びとし、人の悲しみを自分の悲しみとすることのできる子ども」という文言が、この世田谷区教育ビジョンの≪せたがやで育てる世界にはばたく子どもたち≫という一番上のところに挙げられているんです。

 これから国際社会と言われていますから、世田谷の子どもたちは世界に羽ばたいて行くんだよ、じゃあどんな子どもにしようか。ていうところで今申し上げました「人の歓びを自分の歓びとし、人の悲しみを自分の悲しみとすることのできる子ども」というふうに一番上に挙げた訳です。で、これはその先程の、保護者の実態調査レポートから出てきた分析結果でございます。

 このように公教育の方向を定める所に保護者が関わることができたのは、校長会、学校の先生方ですね、先生が区内のPTA活動に常にキチッと向き合い、その活動を認め高く評価してくださったからだと思っています。

 人とか場所とかそういう面での支援や助成金など、これは何処でもやっているのかもしれないですけれども。あとは、関係諸機関にもPTAがこんなことしているんだよ、ということをいろいろ発信して行ってくださいました。
 しかし、言い換えれば、その様に認められたということは、私達PTAが「我が子が通う地域の学校はみんなで良いものにして行くんだ」ということで学びながら質の高い活動ができたからだ、って思っています。どちらが先かっていうことでは無いんですけれども、お互いにお互いの活動を認め合い、それを三者が一体となって1つの形に出来たと思っております。

 で、ビジョンが出来た所でこれを具現化していかなくちゃならないんですけれども、やはりそこにもPTA、つまり保護者、地域の方などいろいろな方が関わって行かなければならないので、またそこでいろいろな議論がなされるのではないかなと思っております。

 しかし、今お話したようなことがいきなり出来る訳では無くって、本当に実際にPTA活動をしていくっていうことは本当に大変なことだと思います。もう、本当に細かいことから広範囲の仕事を、事務的なことから体を張ってやって行かなければならないし、初めからわからないことも有りますので、じゃあ、そういう活動をして行くには私達はどうして行くかと言いますと、1つ工夫をしていることがありますので、それをご紹介したいと思います。

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 ここに5月から3月くらいまでの1年間の流れを書いてあるんですけれども、大体PTA活動っていうのは5月ごろに始まるわけです。で、新しく役員・委員になった方は、どんな活動が始まるのか分からないのでドキドキしている状態だし、凄く憂鬱な気分になっていらっしゃる方もいると思うんですけれども。
 その人たちの不安とか疑問を少しでも解決できるようにということで、PTAの基礎知識と組織運営について、みんなで一緒に考えて、その上でスタートしましょうよというそういう研修会を行っています。

 ここで、あと10分ということなんですけれども、3分ほどお時間をいただいて、じゃあ、どんな共通理解を持つのかというところを、皆さんにお知らせしたいと思いますので、ベテランの方たちには失礼かもしれないんですけれどもちょっとお付き合いいただきたいと思います。

 ようこそ、PTA活動へ。皆さんは、これからどんな活動が始まるのか、不安を持っていらっしゃるのではないでしょうか? PTAってなんでしょう? 保護者と先生が、子どもの健全な成長と幸福を願い、より良い学校教育・家庭教育・地域の教育環境作りを目指して、学びあい・考え合い・協力する組織活動です。任意団体ですから、自由加入が原則です。自主・自立の活動を進めます。

 では、何故PTA活動をするのかを考えてみましょう。子どもの為に何かしたいから。学校の事を知りたいから。仲間を作りたいから。様々な理由が有ると思います。我が子がこの学校に通って良かったと思えるようにしたいと思うのは、親としての願いです。

 では、どんなPTA活動をしていくのでしょうか。心・学力・社会性・体力について学び合い、考え合い、課題解決に向けて実践して行きます。PTAは組織活動です。子どもとはどういうものか。ここの地域の子どもたちに必要なことは何か。ということを、最も身近に居る大人として考え、会員のみんなで、地域の力と協力し合って実践して行きます。

 当然多くの方が集まると、意見の違いが出てきます。いろいろな立場の方がいらっしゃいますし、先程も出たと思いますけれども、いろいろな事情の方もいらっしゃいます。また、いろいろな力を持った方もいらっしゃいます。それぞれの立場を尊重し、思いや特技を十分に生かし、また事情を汲んであげて「どうしたの? 無理しないでね」と言えるような関係が必要となるんではないかな、と思っております。PTA活動はその時々の状況に合った方向で、自由に多面的にいろんな形で進めていくことができます。

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 実際活動を始めてみると、様々な悩みや課題にぶつかると思います。役員さんや委員さんの本音はこんなものなのかもしれません。「みんなのためにがんばったことは認めてほしい」「できる時がきたらやってほしいな」「できることだけでもいいからやって欲しいな」というのも有りますね。
 役員・委員にならなかった、なれなかった方も、大勢いらっしゃいます。
 この方達も、ここに書いてあるように、「お便りを読む」「意見を言う」「アンケートに答える」、そして一番大事なのは、「感謝の気持ちを言葉に出す」ということではないでしょうか。「ありがとう」「ご苦労様」「大変だったね」「とても助かりました」。そういう言葉がけ一つで、一所懸命やっている人は救われるのだと思います。

 お家でご主人が、パソコンを一所懸命引き受けてくれて、自分は役員・委員を引き受けられないけれども、陰でだったらやるよ、と、そういう例もございました。学校に通う子を持つ親だからこそできる、学校・家庭・地域を繋ぐ大事な役割にチャレンジしてみませんか?

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 組織の説明です。組織図が有ります。よくご覧になっていただくと分りますけれども、上から下にじゃなくって横並びになっています。会員と委員会が横並びになっていますが、これはPTA組織が上から下へという力関係ではなく、組織や運営の基礎は会員一人ひとりにある、ということを表しています。このことは良く、皆さん覚えていて欲しいな、と思って活動しています、スタートさせています。で、次から簡単に行きますね。

 『学年・学級の活動』は、先生・保護者・子どもたちのより良い関係作りです。『文化厚生の活動』は、子どもを育てる大人の学びのために。『広報』は、コミュニケーションの和を広げていきます。『校外活動』は、大人も子どもも社会の一員ということを忘れずにいましょう。そして、『PTA役員』は、組織の代表。『役員選考会』もあります。『運営委員会』では大勢の人が一緒に活動するのですから、「報連相(ほうれんそう)」、すなわち「報告」「連絡」「相談」を忘れずにしましょう。
 対話のできる関係です。各委員会も同じことです。先程も申し上げましたけれども、言葉がけ、「大丈夫?」とか「ちょっと大変なんだ」っていう、そういう関係がいいかなって思っています。

 そして、PTA連合協議会です。区内PTAに共通する目的、子ども全体に関わる安全の問題とか、教育改革のこととか、いろいろあると思うんですけれども、そういう一個の学校だけでは無くって区内全部の学校に共通する課題、その解決に取り組むのには、やはり連合協議会制度が欠かせないものになります。そして各単位PTA、そしてブロック間の相互の関係を大切にして行きます。区の教育行政の動向も伝えます。うちの教育行政って何をやろうとしているんだろうとか、そういうことはやっぱりきちっと知った上で活動して行ったら良いかなと思います。

 で、最後に、自主的な活動を尊重し、地域の課題に柔軟に対応できるようにします、ということで、連合協議会は上からあれをやりなさいこれをやりなさいというのでは無く、一個一個の学校の、或は地域の活動を大事にして行くように手助けをするというふうに考えています。連合会として繋がることで更に活動の幅が広がり、より大きな力となります。「一年間、ご一緒に活動して行きましょう」というふうになる訳です。

 で、この後にお役職ごとに、例えば会長グループとか、書記グループとか、学級委員グループとか、そういうお役職ごとにグループ分けして懇談会をする訳です。そこにはいろんな学校の新しく役員・委員になった方が集まってくる訳ですけれども、その人たちが「うちはこんなでこと困っているんだ」とか、「私ちょっとプレッシャーなのよね」とかって、そういう事をいろいろ言い合って、「じゃあこうしたらいいんじゃないの」とか、経験者が居れば自分の経験を話してくれますし、励ましにもなると。活動のノウハウを伝えていくことができるというようなことができるんじゃないかと。

 こういうことをきちんと押さえた上で活動して行くと、もし、自分で活動して行って壁に突き当たったり、トラブルになったときに、大事なことは何だろうと。「何でこんな所で躓いちゃったんだろう」、「でも、大事なことは、子どものためにだから、余計なことは削っていこうよ」とか、「このことはやっぱり削れないよね」とか、いろんな話し合いができると思います。大元のところの原点に立ち返って考えることができるのではないかなと思います。ま、世田谷区の場合は、原点とは何かなというと、やっぱり子どもたちのための活動になっているかどうかです。

 こういうプロセスを丁寧に踏むことによって、見通しを立てて活動に取り組んでいくことができるのではないでしょうか。
 私達が大切にしていることは、人との出会い、対話の出来る関係、学びのプロセス、地域の絆で、その様な積み重ねが、保護者と地域社会・学校・教育行政との信頼関係を築き上げて、地域における教育的基盤を作り上げて行くのではないかな、というふうに思っています。以上で私の話を終らせていただきます。ご静聴ありがとうございます。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 22:52| Comment(0) | フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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