2010年08月19日

当サイトへいただいたコメント(エントリ毎)

フォーラム準備中の当サイトスタート時から、終了後の2010年8月16日時点までに頂戴したコメントを 一覧できるようにまとめました。
コメントをいろいろなエントリに付けていただくと、散らばってしまって拝読し辛いですので、しばらくは、コメント受付専用エントリを立ち上げて、 一箇所にコメントが集まるようにしてみたいと思いますので、ご協力お願いします。 また、アンケートや、メールフォームの設置も検討しておりますので、相互リンクのお申し出などもお願い申し上げます。

[フォーラムの趣旨]へのコメント
TM  2010年07月07日 18:19
>保護者や生徒だけではなく、地域住民が参画し、学校運営から教職員の人事にまで意見を述べることが可能なコミュニティ・スクールを日本各地で導入、発展させていくために、PTAはさらに大きな役割を担うことが期待されています。

PTAは教職員の人事には干渉しません。
また、さらに大きな役割とは何なのでしょうか?
今のPTAの現状は、対外的な活動など既にそのキャパシティーを超えています。
これ以上の役割を増やす事は無理難題を押し付けるのと同じです。
余計になり手がいなくなりますよ。

>一方、PTA活動に参加しにくい保護者、役員の選出など組織維持に苦労するPTAも少なくありません。

これが単位PTAの現状です。
立候補がないのに、無理やり役員を押し付けてまで維持する事に問題があるのです。
共働きが当たり前になり、関われるだけの暇はないのです。
PTAはなくても困らない、そんな保護者も多いです。
この不況でPTAどころではない家庭もあるのです。

>そんな中、PTAが「新しい公共」をみずから体現し、地域とともに子どもの育ちと学びによりそう豊かなコミュニティを培うためには何が必要でしょうか。PTAが秘めた大きな可能性を引き出すための方策は?

今のなり手がいないPTAの現状の中で、
PTAが「新しい公共」をみずから体現なんて無理ですよ。
PTAが秘めた大きな可能性て何でしょうか?
今実際に本部役員などを引き受けるだけでもどれほど大変なのか分かりませんか?
PTAの役割も事業仕分けして、引き受けやすくすべきです。
任意団体であるはずのPTAですが、たいていの単位PTAは自動的に入会。
完全任意参加制にしたら、加入する人は何割くらいだと思いますか?
それが現実です。
動員をかけてのイベントで人が集まったと思うのは大きな勘違い。
自動的に入会させている事に問題があるのでしょう。
役員選出で立候補がないのに、くじなどで無理やり引き受けさせる事をやめるべきです。

[フォーラムの趣旨]

学浩(みちひろ)  2010年07月24日 21:26
呼びかけ人の1人、前田学浩です。

さて、現在、大河ドラマ「龍馬伝」で、ホットな高知県より、ホットな情報を。
(余計な情報ですが、私は、龍馬脱藩の1862年の100年後、11月15日に生まれております。それがどうしたということでしょうが、それは、それまでです。苦笑)

幕末に土佐勤王党に参加し、維新政府の重鎮となった田中光顕の肉声が、出身地の高知県佐川町で公開されています。親交があった高杉晋作について語った部分などもあり、人気を集めそうです。

田中光顕は、1843年に高知県佐川町で生まれ、武市半平太が率いた土佐勤王党に参加し、明治維新後は政府の要職を務めました。佐川町立青山文庫には、90歳のころのものとみられる田中の肉声を録音したテープが残され、23日からデジタル化したうえで公開が始まりました。田中はこの中で、親交があった長州藩の高杉晋作から「決して困ったということを言うものではない。また、困ることがないように考えなくちゃならぬ」と教えられたというエピソードを語っています。また、「どんなことでも、困ったということを言わんことにしておりまする」と話し、激動の幕末をともに過ごした晋作の教えを大切に守ったことを明らかにしています。

『コンクリートから、人づくりへ』といった鈴木寛副大臣は、『現在は、明治2年です』と言っておられました。

私は、別に民主党支持でもありませんが、激動&流動の時代なのです。『どんなことでも、困った、それはできないということを、言わんようにしませんか』

道を切り拓こうとする世代の人間には、困難はつきものです。1Q84のbook3で、49ページに「希望のあるところには、必ず試練がある」というセリフがあります。

PTA(PTCA)には、新たな公共を切り拓くという希望があると、私は思い、呼びかけ人をさせていただいています。希望があるから、試練があるのです。
[フォーラムの趣旨]

まるお  2010年07月26日 18:59
「新しい公共」円卓会議座長である金子氏が、第4回会議提出資料の中で、
**
「コンクリートから人へ」⇒「個人からつながりへ」
**
ということを強調されていますが、「つながり」には個人を抑圧する側面のあることが、
特に、この日本では反省されなくてはならないのではないでしょうか。
(参照:広井良典『コミュニティーを問い直す − つながり・都市・日本社会の未来』ちくま新書)

話は変わりますが、一点、このフォーラムの「趣旨」の中にミスリーディングだと思われる文言があるので、指摘させてください。

**(引用)**
今回、政府より「新しい公共」が宣言され、「PTAの活性化によるコミュニティ・スクール(「学校運営協議会」制度)への道」が提唱されました。
*******

とありますが、「新しい公共」を宣言し、「PTAの活性化」を「提唱」したのは政府ではないですよね。それは、「新しい公共」円卓会議です。
また、「PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道」が「提唱」されたのは、『宣言』本文ではなく、「(別添)「新しい公共」の具体的なイメージ」の中であることも、細かいことを言うようで恐縮ですが、強調しておきたいと思います。

確かに、『宣言』の末尾には「鳩山総理」以下の複数の政府関係者が、
**(引用)**
「新しい公共」円卓会議構成員の総意に基づく「新しい公共」宣言について、「新しい公共」円卓会議に参加した政府メンバーの一員として賛同し、「新しい公共」の実現に向けて努力する。
*******
とし、署名しています。しかし、その署名は『宣言』本文を対象としたものと考えるのが妥当だと思われます。
(『宣言』本文とて、政府が宣言したものではないことには留意されたし。)

ですから、PTAにかかわる今回の「提唱」を「政府による提唱」とすることは、二重の意味でミスリーディングだと思うのです。

円卓会議の中で、PTA関連の話は少し出ておりますが、別添資料における「提唱」に直接つながるような議論は見当たりません。
それどころか、地域コミュニティーを無反省に推進することに対する「反論」も会議の中で出ております(第2回会議での佐野章二委員、平田オリザ内閣参与の発言等)。
それが残念ながら「提唱」には全然反映されていないように思います。
つまり、政府の方針として示すものであるなら当然必要とされるはずの慎重な検討(=つまり、熟議!)が、ことPTA関連では行われた形跡がないのです。

筋論から言っても、またそれにふさわしい慎重な検討が行われた形跡がないという実質論から言っても、今回のPTAにかかわる「提唱」を「政府による提唱」とするのは、不適当だと考えます。

今回の「提唱」は、現在でも問題になっている母親の地域・学校コミュニティーにおける過重な肉体的・精神的負担をさらに深刻化させかねないものであるだけに、この「提唱」の扱いにはくれぐれも慎重でありたいと思っています。
そして、「提唱」の妥当性が多くの人々(=公共の空間)によりしっかりと吟味されるといいと思います。

ご検討いただければ幸いです。
[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月01日 20:39
第8回「新しい公共」円卓会議(6月4日)資料一覧
http://www5.cao.go.jp/entaku/shiryou/22n8kai/22n8kai.html
を見る限り,PTAについて,このフォーラムの趣旨に記載されている内容と異なりますよ。

「新しい公共」円卓会議の中でのPTAに関する記述は下記の部分だけです。
◇PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道
 PTAを活性化するため,役員の過重な事務負担をサポートするNPOを設置するか既存の 地域組織に委託する。行政が委託事業予算や教育一括給付金から予算を支援し,行政の監査 委員を設置してガバナンスをチェックする。PTAに誰も参加しやすくなり,結果として保 護者世代の社会参画が促進され,地域社会の担い手が育成される。また,全国の公立学校を コミュニティ・スクールへと発展させていく。

PTAは独立した任意団体で,政府や行政の介入などがあってはいけませんよ。

>PTAはさらに大きな役割を担うことが期待されています。
>PTA活動に参加しにくい保護者,役員の選出など組織維持に苦労するPTAも少なくあり ません。
>PTAが「新しい公共」をみずから体現し,地域とともに子どもの育ちと学びによりそう豊 かなコミュニティを培うためには何が必要でしょうか。
>PTAが秘めた大きな可能性を引き出すための方策は?教職員にとっての望ましいPTAのあり 方は?
>「新しい公共」の地平を切り拓くPTA像を議論します。

毎年,役員の選出で苦労していて,たびたび揉めることもあるのが現状なのに,さらに大きな役割なんて無理ですよ。活性化どころかPTA役員の過重な負担を増大させるだけです。今よりもっと引き受けてくれる人がいなくなりますよ。PTA像なんか議論するよりも,今単位PTAで困っている事を本音で語ってもらって,その解決策を議論した方がよっぽどいいと思います。

[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月03日 19:19
PTAの活動は、「できる人が できる時に できる事を!」が、基本です。
お金を出してまで(PTA会費を払ってまで)嫌な思いをする事はありません。
仕事に支障をきたしてまで、参加しなくてもいいですよ。

>激動&流動の時代なのです。『どんなことでも、困った、それはできないということを、言わんようにしませんか』

それがPTAの活動と具体的にどんな関係があるんです?
がんばれば何でもできるわけでも、一生懸命やれば何でもできるわけでもないですから。
そういう話は、実感の「じ」の字も出てきませんし、全く現実味がなくて、説得力も感じられません。
世の中ってもっと厳しいですよ。

>PTA(PTCA)には、新たな公共を切り拓くという希望があると、私は思い、呼びかけ人をさせていただいています。

「PTA(PTCA)には、新たな公共を切り拓くという希望がある」の具体的な中身は何ですか? 
よく分かりませんが・・・。
先ずは、所属されている単位PTAで呼びかけて実行されてはいかがでしょうか?

>希望があるから、試練があるのです。

PTAの活動に「試練」なんて必要ありませんよ。 苦行じゃあるまいし・・・。
PTA役員のなり手がいなくて、毎年選出会で困っていて、深夜の1時まで役員が決まるまで学校に居残っていることもあるんですよ。
試練を受けてまで、またそれを乗り越えてまで、PTA活動をしたいと思う人なんていないと思いますよ。

個人的に何か目標を持って、それを達成するために試練があるというなら、頑張るでしょうけど、PTAの活動は生活の中では優先順位がグーンと低いですから。

PTAの活動は、誰もが無理をすることなく、「できる人が できる時に できる事を!」で、親睦・交流も含めて、お互い感謝の気持ちを伝え合い、楽しく活動できれば、それでいいです。
PTAに今以上のさらに大きな役割を担わせる事は、過重な負担になるだけですよ。
[フォーラムの趣旨]

N.S  2010年08月04日 11:19
現状のPTAの変貌ぶりに驚きを隠せない毎日です。

私の母は地域の民生委員をしています。母の住む地区はその土地で一番の賑やかな場所にあるのに
高齢化が進み空洞化の為、孤独に亡くなる老人や行き場の無い老人が、静かに寿命を終える人も多く。その子供も親戚も、自分達の苦労となることは、たとえ親族でも無関心だそうです。

自分達さえ良ければ、余計なことに関わらない 血の繋がりも関係ない
そんな考えが弱者を切り捨て、現代がどれほど余裕がなく
殺伐とした社会なのか、母の話を聞く度に、身につまされて考えさせられます。

昨今 新聞を賑わせている所在不明な高齢者、
本来ならこんな事があってはならないのに。親族でさえ生死を知らない。

人間のコミュニケーションや繋がりが歪んでしまった現代で、
悲しい思いをするのは、力の無い人々です。
ニュースで日々、幼い子供の虐待や高齢者の孤独死が頻繁に流れる現代。

今回の試みは、これから公共に求められる。かすかな希望だと思います。
お互いの人権が尊重される、そんな社会で子供を育てたい。
ギスギスした競争社会にだけ身を置く子供達を見て、心が痛い毎日です。

現状のPTAを活性化せさる事は、もう皆さんがご存じの通り至難の試みです。

古い流れを断ち切る事はとても難しい。ここでも多くの方が
現状のPTAの問題を指摘されています。
私も現状と同じやり方であれば、
まったく何も変わらず負担が増えるだけだと思えます。

しかし現状のPTA解体が無理ならば、何もしないより選択肢として
別の手法を取る事も試してみる価値はあります。

昨今、名刺にソリュージョン等の部署名が踊る事に違和感がありますが
PTAに限らず多くの組織が同じ構造のジレンマを抱えこみ
またそこから、抜け出したいと考えているので無いでしょうか。

英語の solution 意味は、「解決・解明・解決状態・落着・
解決法・解法・解答・溶解・溶解状態・溶液・溶剤・ゴム液・
分解・分離・解体・崩壊・液剤・消散・溶体」など多数ですが。
ソリュージョンになるか、現状のPTAのようなイリュージョンになるのか。

確かにリスクは大きい、無理だと思える事も多々あります。
ですが、数% この試みで新しい何かが見いだせるなら
ほんの少しの希望が持てるなら、まず議論してみる事も大切かと思います。

新しい公共の中身もまだ把握できない状態ですが
当日お勉強させて頂きたいと思います。

呼びかけ人の方々の行動力・活動に対して称賛・応援させて頂きます。

[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月04日 17:43
N.S 様
>高齢化が進み、孤独に亡くなる老人や行き場の無い老人。
>その子供も親戚も、自分達の苦労となることは、たとえ親族でも無関心。
>自分達さえ良ければ、余計なことに関わらない、血の繋がりも関係ない。
>昨今、新聞を賑わせている所在不明な高齢者、親族でさえ生死を知らない。
>人間のコミュニケーションや繋がりが歪んでしまった現代。
>幼い子供の虐待や高齢者の孤独死。

どうして、こんなふうになってしまったのか。
「無縁社会」という事を思ってしまいます。
地域との交流もなく、親族との交流もなく、会社も退職して
「地縁」・「血縁」・「社縁」が途絶えてしまった状態。
地域のネットワーク・コミュニティからこぼれ落ちた状態。

先般のニュースの幼い子供の虐待にしても
子どもの泣き声を聞いた方は多数おられましたが
マンションの住民の中で、通報された方は1人だけでした。
児童相談所も結局は間に合わず。

自治会の加入率も低くなり、ご近所付き合いも希薄になり
個人情報保護のもと、同じ地域に居ながら、誰が住んでいるのか分からない。
ご近所のおせっかいが、往々にしてプライバシーの侵害につながることも多い。

>今回の試みは、これから公共に求められる。かすかな希望だと思います。

今回の「新しい公共」という中身がよく分かりませんが
地域とのつながり・ネットワークの構築も含まれるという事でしょうか。

フォーラムのタイトルが、【PTAは「新しい公共」を切り拓けるか】になっており
議論の対象がPTAになっていますが、PTAだけの問題なのでしょうか。

今回の「新しい公共」を切り拓くという中身、具体的には何をするのでしょうか。
また、それを実行するのは、具体的に誰でしょうか。
PTA(単位PTAの会員=保護者)でしょうか。

>現状のPTAの問題を指摘されています。
>私も現状と同じやり方であれば、
>まったく何も変わらず負担が増えるだけだと思えます。

まさにその通りです。
PTAが【「新しい公共」を切り拓けるか】という問題ではなく
幼い子供の虐待や高齢者の孤独死が発生している現状に対して
無縁社会をどう解消していくかとか、後から通報すればよかったとか思うのではなくて
子どものSOSを見逃さずに、
その時にきちんと関われるようにするにはどうしたらいいかとか
今回のフォーラムの趣旨とは違いますが、PTAだけでなく
行政機関や各地域団体なども含めて
議論する方がいいと思います。
[フォーラムの趣旨]

学浩  2010年08月04日 20:34
tmさま

私は、小学校のPTA会長を(のちにPTCA組織へ改組)していたときに、従来の専門部を6つから3つにしました。その後、広報部を発展的解消をしました。

それらは、無駄に役員を増やさないということにもつながると思います。(ここ5年間くらいは、夜の役員会も、一切行っていません。行わないですむ方法も見つけました)。

PTCA化にしたのは、現役の保護者が忙しく、退職をされた方などに協力を求めるために、行いました。現在、小学校は、ここ5年以上、不登校はゼロで。今の校長先生によると、欠席が極めて少なく、出席率というものを取れば、全国的に見ても、かなりの上位では?と言っておりました。(現校長は、以前、自治体の学校教育課)

コメントでお伝えするのは、難しいですね。7日のこのフォーラムで、当小学校の活動パンフレット(A4,16ページ)が、250部ですが、配布していただけるようになりました。

可能であれば、ご覧ください。

徳島県の上勝町の葉っぱビジネスを軌道に乗せた横石さんが言われています『高齢化社会で一番大切なものは、学校である』と。

その学校を側面から、サポートできるのがPTA(PTCA)だと思います。そのサポートの輪を拡げていくことが、新しい公共の実現に、つながるのでは、と思います。
[フォーラムの趣旨]

pomo  2010年08月04日 22:16
当サイト、管理人のpomoです。本日2010年8月4日22:13時点で、フォーラムの趣旨の「今回、政府より」を「今回、円卓会議より」と訂正いたしました。『更新記録』に訂正文を載せますが、当エントリのまるおさんから戴いたコメントと関係するため、こちらにも訂正したことをを記載させていただきます。
よろしくお願い申し上げます。
[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月04日 23:54
学浩 様

>7日のこのフォーラムで、当小学校の活動パンフレット(A4,16ページ)が、250部ですが、配布していただけるようになりました。
>可能であれば、ご覧ください。

当日は仕事で東京に行けません。
PDFなどでHPにアップして頂けるとありがたいですが・・・。
下記のHPを閲覧しました。
http://www.kochinet.ed.jp/inabu-e/
http://nangoku-ptca2005pdca.cocolog-nifty.com/blog/
http://www.ptca-pdca.com/index.htm
http://www.kochi-kappa.net/ptca.htm

>『高齢化社会で一番大切なものは、学校である』
>その学校を側面から、サポートできるのがPTA(PTCA)だと思います。そのサポートの輪を拡げていくことが、新しい公共の実現に、つながるのでは、と思います。

小学校を地域の核に。学校支援地域本部事業。PTCAの活動・・・。
意味合いはよくわかりました。

しかしながら今は、サポートの輪を拡げていくどころか、
その維持さえも危ういのが現状です。
少子化・地域住民の高齢化・限界集落などの問題が山積み。
また、価値観の多様化で、「PTAの意義」が薄れてきています。
PTAなんて面倒、なくても困らない、完全任意参加制なら入会しない、そう思っている人も多いです。
自治会に入会しない家庭も増えていますし、自治会・町内会の役員にしても、高齢化で引き受けられる人が減り、将来的な担い手がいないのが現状です。
連携というよりも、PTAには割り当てのように動員要請・役割分担がまわってきます。
Pだけでなく、Cも疲弊しているのです。
[フォーラムの趣旨]

まるお  2010年08月05日 01:05
学浩さま
いろいろと工夫されていること、PTCAが大切な役割を果たしていること、了解したつもりです。

そのうえでお伺いしたいのですが、
@保護者に対して入会の意思確認はきちんとされているでしょうか。
Aくじやポイント制等による役職の押し付けはありませんでしょうか。

pomoさま
訂正いただき、うれしいです。
ご丁寧にありがとうございます。
[フォーラムの趣旨]

学浩  2010年08月05日 18:00
TMさま、まるおさま

ホームページまで見て頂きありがとうございました。(KAPPA.NETは、海洋堂さんとかっぱのフィギュアを作っていて、そのネット上の開示の為に取っている分です。当方のかっぱ2体は、10月から、約2ヶ月、兵庫県立歴史博物館に展示されます。)

さて、まず、TMさんのご依頼の分、パンフレットのpdf化は、別機関からも言われていますので、早い目に、小学校のホームページにアップしたいと思います。
私は市のP連とか、郡のP連の会には、ほとんど出た事がありません。正直、あまり意味がないと思うからです。県P連だけでいいと思っています。全然ないのも、さみしいかなと、思う程度ですが・・・。動員なんかには、全く反応しません。魅力ある会にすれば、出て来ると思うからです。

まるおさん
@について、PTCA総会では、明言しておりません。今後、その必要はあると思います。個人的には、PTA(PTCA)という組織は、無くてもいいとも思っています。いい名前は、浮かびませんが、地域の住民の中で、学校を核として、地域再生や地域の教育力の向上をしていこうとする人達が集まる組織です。先生方の迷惑にならない事は、当然です。パンフレットの中に、PTCA化をした時の、当時の校長先生の話しを全文、掲載しています。学校を核とした取り組みの場合、P,T,Cそれぞれが一定、成熟していることが重要だと、述べられています。 当小学校の教員の皆さんとやっている地域への『情報発信』は、すごいですよ。広報部の発展的解消で、パワーアップした部分ですが(負担も軽減)。・・・これも詳しくは、パンフレットとなります。

Aについて、役員改正は2年ごとにありますが、その前年度の1月頃に、保護者全体に、『誰に役員になって欲しいか?』という無記名調査をします。そこで、希望の多かった人に、前任者が説得をするというようにしています。
10年くらいは、うまく行っていると思います。
[フォーラムの趣旨]

学浩  2010年08月05日 20:25
もう1つだけ紹介させてください。

今年3月初めに、高知大学で約100人の教職員希望学生に80分間、『ptcaによる開かれた学校づくり』の話をしました。教育学部の教授よりの依頼受けましたので。

以下の当小学校の学校支援地域本部のコーディネーターのブログに、学生20人分だけの感想を入れています。ご参考にしていただければ、幸いです。

http://inabuchiiki2008.blog90.fc2.com/blog-date-201003-1.html
[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月06日 16:11
>市のP連とか、郡のP連の会には、ほとんど出た事がありません。正直、あまり意味がないと思うからです。県P連だけでいいと思っています。・・・(略)・・・動員なんかには、全く反応しません。

動員要請→出ません。それで後から陰口を言われなければいいですけどね。それで意識が低いと言われても辛いものがありますね。

今のPTAについて、まるおさんが書かれている以下の質問。
私もこの二点は実感として思う事です。
@保護者に対して入会の意思確認はきちんとされているでしょうか
Aくじやポイント制等による役職の押し付けはありませんでしょうか。

>@について、PTCA総会では、明言しておりません。

自動的に入会するしくみの学校が多いです。
学浩さんのところでも自動的に入会するしくみという事ですね。

朝日新聞で「PTA 実は退会自由」という記事を読んだ事がありました。
「1人一役」制度などを義務付けしているPTAほど「任意参加」へのアレルギーが強いと書いてありました。こうした中では、「1人一役」をできない人を「ずるい」というのではないでしょうか。
でも、本当に「ずるい」のか疑問です。本来は「任意参加」ですので、自分が参加したから、やらない人は「ずるい」というのも、いかがなものかと思います。

以前は、PTA会員が多くて、PTA活動が無理そうな人に強制的に押し付ける事をしなくても、誰かがされていたのでしょうね。それだけ寛容であったと思います。でも今は、少子化でPTA会員が減り、役員・委員の定数は以前のままで、高学年にもなれば、やっていない人が絞り込まれてくるんですね。PTA活動が無理そうな人でも、一回も役員・委員を引き受けていないのはけしからんというような風潮があるように思います。

>Aについて、役員改正は2年ごとにありますが、その前年度の1月頃に、保護者全体に、『誰に役員になって欲しいか?』という無記名調査をします。そこで、希望の多かった人に、前任者が説得をするというようにしています。

無記名調査というのは、推薦用紙等を配布して、推薦したい人の名前を書いてもらうという事ですね。推薦で名前があがった人は、喜んでおられますか。むしろ憂鬱なのではないですか。
以前に、無記名ではなく記名制を提案した事がありましたが却下されました。記名制だと推薦用紙に名前を書いて出す人がいなくなると言われました。つまり、匿名(無記名)だと人の名前を書けるけど、書いた人(推薦した人)の名前が分かるのなら、誰の名前も書けませんという意味です。
これって、おかしいと思いませんか。本当にその人に役員になってほしいなら、書けるはずと思いませんか。推薦した人が誰かが分かると、候補に名前があがった人からよく思われないからでしょう。むしろ恨まれるかもしれません。匿名(無記名)か記名かの違いは、その推薦の責任の有無ではないでしょうか。匿名(無記名)で推薦なんて本当に無責任だと思います。

議員選挙のように定数を立候補者数が上回らないのです。定数に対して立候補がないのです。そこでの推薦の意味は、誰もがやりたがっていない役員への勧誘なのです。候補者に名前があがった人で、「はい、やります。」という人はまずいません。そんなにすんなり決まれば、前任者や選考委員、推薦委員が深夜まで学校に居残るなど苦労はしません。

立候補がないのに、誰かが役員を引き受けざるを得ないしくみになっています。立候補がなければ解散したらいけないのでしょうか。それは困る、必要だという人がおられるのなら、その人が立候補すればいいのです。候補者に名前があがった人の中で、最後まで断りきれずに折れた人が、引き受けられたりするのです。説得はともすれば強要になっていないかと感じます。買うまで家に帰さないセールスのような・・・そんな場の雰囲気。誰かを役員にしなければならないという縛りの中で・・・。
何度か言われたことのある、「やりたくてやっているんじゃない」というセリフ。これが本音だと思いますよ。
[フォーラムの趣旨]

TM  2010年08月06日 22:14
具体的に、誰が何をするのか、抽象的で分かりにくいです。
PTA役員の過重な事務負担を事業仕分けで見直し、縮小・廃止すればいいわけで、財政難の中、税金から予算を支援してまで、NPOを設置したり地域組織に委託してまで、PTAを活性化する必要はないと思います。
PTAの問題と地域社会の担い手の育成は別の問題です。子どもが卒業して役員の任期を終えたら、次は地域社会(自町連などの役員?)の担い手になるかというと、そうとは限りません。
全国の公立学校をコミュニティ・スクールへと発展させていくのはいいですが、コミュニティ・スクールはコミュニティ・スクールであって、PTAとは全く別に独立したものです。

「新しい公共」を切り拓くというテーマが抽象的過ぎて、最終的な着地点がわかりません。いづれにしても、そのために何か具体的に行動することが必要になってくるのでしょうね。それは誰がするのか。PTAとかは関係ないと思いますね。「新しい公共」を切り拓くというテーマに賛同される個人・団体は、具体的に「新しい公共」を切り拓くための行動を起こされたらいいと思います。

「新しい公共」を切り拓くという大義名分のようなテーマを掲げられると、反対しにくいものですが、関わる事とは別ですよ。物事の良し悪しだけでは、良くする事なので、そのテーマ自体には反対する理由が見当たらなかったりしますが、だからといって関われるだけの時間的余裕などありません。具体的に「新しい公共」を切り拓くために行動したり、さらに大きな役割を担う事なんて無理ですから。先ずは、単位PTAの現場を見て頂きたいと思います。

今回のフォーラムとは関係ありませんが、下記の記述が「新しい公共」円卓会議の中にありました。おかしいと思いませんか?
◇14 歳は、映画がタダ!
14 歳の映画鑑賞料金を、タダにするキャンペーンを提案する。地域コミュニティ、PTA、企業等で
趣旨に共感する人々から寄付を募り、映画鑑賞料金を14 歳に限りゼロにするキャンペーンの資
金の一部補てんに充てる。学校は、中学2年生に劇場に行くことを勧めることで、映画体験の普
及を図る。行政は、映画館のない地域での上演支援や、さらに発展した、映像を通じた自己表現
を支援することで、豊かな映画文化を広める。

14歳だけ映画を無料にして何の意味があるのか甚だ疑問です。
映画体験の普及を図るのに、中学2年生だけに勧めるんですか?どうして?
中学1年生や中学3年生と区別する理由は?
誰が言い出された提案なのでしょうか。
これが「新しい発想によって地域の力を引き出す事」になるとは到底思えません。
内閣府の会議で、「14 歳は、映画がタダ!」という、こんなことを話し合っている事自体が税金の無駄遣い。
[フォーラムの趣旨]

学浩  2010年08月06日 22:47
≪無記名調査というのは、推薦用紙等を配布して、推薦したい人の名前を書いてもらうという事ですね。推薦で名前があがった人は、喜んでおられますか。むしろ憂鬱なのではないですか。

役員になるって、当小学校では、それほど負担ではありません。1年間、ただの一度でも役員の立場をしたくないという人は別ですが…。そういう人って、保育所の保護者会から、やりたくないオーラを、懸命に出しておられますので、そういう方は、名前が挙がることはないと思います。

≪「やりたくってやっているのじゃない」

これまた、乱暴な意見かもしれませんが、年の2度くらいは、子どもと一緒に、pta(ptca)活動をしても、良いのではないかなと、純粋に思います。年に2度くらい、または、せめて一度くらい、学校の活動に参加できないというのは、親としてそこまで、タッチできない環境というのは、せめて、子育ての時間(時期)くらい、どうなんだろうと、純粋に思います。それと、当小学校では、役員というより、行事ごとのコーディネーターという意味合いがあります。つまり、役員だけが仕事を被るというものではありません。

≪候補者に名前があがった人で、「はい、やります。」という人はまずいません。

当小学校では、先にログしましたように、この方法で、ここ10年くらいは行っています。つまり、ほとんど、そう、決まっているということです。そして、これも、先にログしましたが、夜の役員会は、ここ5年くらいやったことはありません。

TMさんの言われるような、そんなに悲惨な状況ではありません。そんな状況が、長く、本当に続いているのならば、解散した方がいいです。私ならば、そんな環境が、変わらないならば、「とっとと」、退散します。

だって、貴重な人生の時間、子育てというさらに貴重な時期を、そんなマイナスオーラ、いっぱいの環境で、過ごしたくないからです。

言いすぎていたら、すいません。

それと、任意での加入ですが、広報等極めてお金のかからない方法で、有効な手段を3年間続けられましたので、今後継続的に使う大きな予算も必要なく、今後の総会で任意での加入にすればいいと思います。(私は、現役の小学校保護者ではないので、発言権はありませんが)

それと前回とも繰り返しますが、私個人はpta(ptca)の組織は、なくなってもいいと思っています。
岸さんのおっしゃっている『子縁』に『志縁』を加えて、「●●小学校・子縁&志縁の会」というようなものが、私の理想です。
[フォーラムの趣旨]

OT  2010年08月11日 09:45
フォーラムに参加して確信したことは
(PTAに新しい公共は切り開けない)でした。
どーしても何かを保護者にさせたいのなら
次の展開がある事を祈ります。
[フォーラムの趣旨]

[提言]へのコメント
TM  2010年08月03日 21:58
>学校主催の保護者会をPTAの会合と混同する場合が多いようです(特に保護者会員は)。たしかに、年度初めの役決めや、PTAの各種連絡が、保護者会の時に一緒に行われることが多いので、混同するのも無理はないんですけどね。でも、区別しておくのは意外と大事。

子どもが入学すると自動的にPTAに加入するしくみになっているため、保護者=PTA会員になっているだけで、保護者会とPTAの会合との混同ではないと思います。
保護者の懇談会等とPTA総会等が同日に行なわれるのは、別々の日にすれば保護者が休みを取りにくくなるためです。保護者の方はきちんと区別されているようです。参観や懇談会には出てもPTA総会には出ない保護者が多いです。委任状がほとんどです。出席者の大半は当該年度の役員・委員にあたっている保護者ですね。それが現状です。

>加入を義務ではなく機会と捉え「やりたい人がやりたい時」にできる仕組みにしたいなあ。入退会の自由は当然のこととして、できない人ややりたくない人の意向も尊重し、同時にやりたい人の参画機会を拡大したいなあ。

子どもが入学すると自動的にPTAに加入するしくみにしている単位PTAが多いですが、なぜ、そうしていると思いますか。以前、単位PTAで入退会の自由を提案した事がありましたがが、却下されました。入会しない保護者が出ると困ると言われました。会費収入をアテにしている部分もあるのです。
上記の「〜したいなあ。」と本気で思っていらっしゃるのであれば、先ずは所属されている単位PTAで実行されてはいかがでしょうか。できない人ややりたくない人の意向も尊重するのであれば、完全任意加入制にすればいいと思います。
現状は、学年が上がるにつれて、まだ役員・委員にあたっていない保護者に選挙で票が集中する傾向があります。シングルマザーでPTAどころではなかったり、介護の人を抱えていて大変なのに、逃げ得は許さないという風潮があると思います。

>個々の学校のPTA支援を第一にしてほしいなあ。PTAの正常な運営のために、ヘルプデスクなどを設置して、運営に悩む役員だけではなく、PTAを重荷に感じる人、PTAに悲鳴をあげている保護者の援助も行ってくれたら素敵! きっとできるはず!

個々の学校のPTA支援というのは、単位PTAのことでしょうか。
PTAの正常な運営って、どんな運営のことですか。
ヘルプデスクは要らないと思います。これから先、ヘルプデスクを担う人の負担になるだけです。
単位PTA支援のために、何か新しい事を始めるのではなく、単位PTAの役割分担を減らせばいいのです。
前例踏襲でやっているPTA活動を見直して、事業仕分けすればいいと思います。
PTAに悲鳴をあげている保護者の援助をしてまで維持する必要はないと思います。
援助をする人も余計に必要になってきますよ。
そもそも【PTAに悲鳴をあげている保護者がいること自体を問題だと思わない事】こそが問題ですよ。

「新しい公共」の中身がよく分かりませんが、具体的な行動としては、何をするのでしょうか。
PTAが「新しい公共」を切り拓かなければいけないのでしょうか。PTAでなくてもいいのではないですか。
先ずは、呼びかけされている方々が所属されている各団体で「新しい公共」を切り拓くべく実行して頂いたらいいと思います。今のPTAの現状は、キャパを超えていますよ。
[提言]

山ア祐美子  2010年08月06日 19:06
PTAは、組織ではありますが、常に念頭に置かねばならぬ事は子どもが真中にいるということだと思ってきました。そのために、何をしたいか、すべきか、を忘れてはならない。もう、現場を離れて久しいですが、当時、区の連合の会長の折に、文教委員の方々と役員との話す機会を持ちたいと区に申し出たことがありました。その時、担当課長にその場で拒否されたことが記憶に残っております、かろうじて区長との話し合いだけが可能となりましたが・・・新しい公共としてPTAを考える時、行政との綿密な関係はとても大切なことと思います。今回も、前川さんがご参加されますが、互いに風通しの良い関係を作ることから始めなければ、一輪車になってしまいます。確かにPTAのTは先生方であるわけですが、会費を頂いていながらその自覚をお持ちの先生方がどれだけおいでになるかと当時も思ったものでした。職員室に入るのもはばかれるようなこともありましたので、先生方との関係も子どもを真中に置くことで互いに両輪になっていかれると今も思い続けています。現在の先生方の多忙感とどう向き合っていかれるかも大事な親の立場でありますし、そういう実態を行政へ繋ぎ、施策に反映していくのも、子供たちへ繋がることでもあると思っています。
 結果的には、「やりたい人がやる」というのがPTAの現実であろうことは否めませんが、「できる人が繋いでいく」のも大事な一面ではあろうかと思います。どんな状況であろうと、PTAは、常に発信し続けて行くことで子どもたちの育ちを支える大きな力であると思っています。
[提言]

[当日のタイムスケジュール]へのコメント
FJN  2010年08月05日 22:59
以下、フォーラムへの個人的な期待を記します。

私は、「新しい公共」について、「住民の行政参加」や「行政事業の民間委託」と類比で関心があります。
PTAについては、「PTA」という名詞が、ほとんど「保護者の集まり」という意味で使われる実態に関心があります。また、PTAが持つ「徴兵的側面」と「徴税的側面」にも関心があります。

内閣府のサイトで読んだ「円卓会議」の資料で魅力を感じたのは、【(別添)「新しい公共」の具体的なイメージ】にある次の一文です。
▼――▼
PTAを活性化するため、
役員の過重な事務負担をサポートするNPOを設置するか
既存の地域組織に委託する。
▲――▲
私は「事務負担をサポートするNPO」を「事務負担を代行するNPO」と読解しました。
また「事務負担を既存の地域組織に委託する」と読解しました。
そして『事務負担がゼロになるなら保護者は活性化するかもしれないな』と思いました。

「コミュニティ・スクール」や「スクール・コミュニティ」にも関心があります。1954年に刊行された『PTA質疑応答集』(定価百円)を読むと【コンミュニティ・スクール】という言葉が出てきて、【第二次世界大戦を契機として新しい「コンミュニティ・スクール」の思潮が生じ、社会を離れて教育は存在しえないことが、強く主張されるようになった。そして、PTAの重要性が再認識され、今日のような健全な発展をみるようになった】と書かれているからです。
『50年以上も前の「コンミュニティ・スクール」と最近の「コミュニティ・スクール」や「スクール・コミュニティ」には、相通じる諸点があるのではなかろうか』と私は思い、関心を抱いています。

以上のような個人的な関心から私はフォーラム全体に期待しているのですが、とりわけ宮澤美智子さんの報告《保護者の視点から見た家庭・地域・学校の連携とPTAの力》に期待しています。このタイトルの論文があるなら入手して熟読したいと思います。
と申すのも、私は2006年に公表された岩竹美加子さんの論文《国家の装置としてのPTA》を読んで感銘を受けたからです。岩竹さんの論文は、PTA体験を契機に調査研究してソーシャル・キャピタルにも触れる内容で、実に興味深く読みました。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40007304881
その連想があって、宮澤さんの報告に期待している次第です。
[当日のタイムスケジュール]

TM  2010年08月06日 22:52
>PTAを活性化するため、役員の過重な事務負担をサポートするNPOを設置するか既存の地域組織に委託する。

批判的なことを言うようですが、税金から予算を支援してまでNPOを設置したり、地域組織に委託してまでPTAを維持する必要はないと思います。今の役員の過重な事務負担の量は変わらず、予算を手当てしてNPOや地域組織に丸投げするのと同じですよ。
そんな考えの人もいるから、世の中に株式会社PTAなんていう、請負会社もできたのでしょうね。
http://pta-inc.com/
以前、過重な事務負担の問題だけでなく、要請された動員がままならずに派遣を雇っていたなんていう事件(?)もありましたね。
事務負担を代行するNPOや事務負担を既存の地域組織(町内会等ですか?)に委託して
事務負担がゼロになれば本当に保護者は活性化するでしょうか?
事務負担がなくなっても、丸投げ意識なら意味がないと思いますが。
PTAの役割分担を事業仕分けして身軽にした方が、もっと保護者が参加しやすくなると思いますよ。
[当日のタイムスケジュール]

まるお  2010年08月06日 23:32
「趣旨」の文言の訂正、ありがとうございました。
とはいえ、今後「政府による宣言」になる可能性もゼロではないのでしょうから、しっかりとその妥当性を検討する必要がありますね。

私が今回のフォーラムで検討していただきたいことを以下に思いつくままに書かせてもらいます。

◎2.11に横浜で行われたPTAフォーラムにて、寺脇さんが「従来のPTAを整理整頓して、保護者と学校の連絡や相談のための『保護者会』と、社会教育活動を行う団体としての『PTA』に分けるとよい」という主張をなさいました。
私はこの主張に大賛成です。
このような整理整頓をしないまま、PTAを「新しい公共」という美しい言葉に結びつけることは、現在のPTAの強制体質をより強化してしまうことになるのではと強く懸念しています。

◎秋津小学校のサイトを拝見しますと、かなり大がかりな組織体制になっているように思いました。
秋津小PTAにおいて、
@ 入会の意思確認はされていますか。
A 役職の強要はありませんか。
B コミュニティスクールと関連付けられることで、PTAの負荷がより大きくなっていませんか。

◎『宣言』別添資料におけるPTA関連の提言は、どのような経緯で書かれたものなのでしょうか。議事録を追ってみても、その「出所」がはっきりしません。少なくとも、熟議を経たものとは思えません。
母親の「生活の質」を大きく左右しかねない問題についての政策提言は、慎重のうえにも慎重を期していただきたいと思います。

◎上記別添資料には、保護者の負担を軽くするために、NPOを設置したり、税金を投入するとの記述がありますが、その「NPO」はどのような人たちが担うのでしょうか?その負担の問題は? 地域の方が負担してくれるとして、(恩に着せられる等)現役の保護者への「負荷」の心配は?
(TMさんと同じような疑問を私も持ちます。)

◎税金を投入したり、それを援助するためのNPOを設置してまで、「PTA」を維持しようとするのはなぜなのでしょう??
そういうことを「国民が望んでいる」とでもいうのでしょうか。
町内会やPTA。これらの特殊日本的な存在をグローバルな観点から反省する時期にあるのではないでしょうか。

◎何かをしようとするNPOを国が支援しようとするのは大変結構なことだと思いますが、PTAやコミュニティスクールをめぐって国が行おうとしていることは、「国から国民への押しつけ」「国からの各地域への役務の割り当て」では?

こうして押し付けられたコミュニティスクールやNPOの役員等の補充の問題はどうなるのでしょう? スタートの時点ではうまく回るとしても。

かつてPTAが全国に設置されて、現在、その役員決めに国民は大変な思いをさせられています。
いま国が推し進めようとしている、コミュニティスクールやPTA支援のためのNPOがPTAと同じ轍を踏まない保証はどこにもないと思いますが、何か成算がおありなのでしょうか?(>円卓会議、内閣府、文科省)

***
なお、「提言」には激しく激しく同意であります。
「首謀者」の皆さま方、本当にお疲れ様でございます。
なおなお、拙ブログにて、PTAと「新しい公共」についてつぶやいておりますので、お時間のあるときにご覧いただければ幸いです。
http://ameblo.jp/maruo-jp/theme-10024991740.html
[当日のタイムスケジュール]

FJN  2010年08月07日 02:53
TMさん、レスポンスありがとうございます。
私は、現況の「PTA」が活性化する必要はさほど感じていません。
保護者が現況の「PTA」から解放されれば、保護者がのびのび自由になって、気分的に活性化するだろう――と思うのです。
保護者が参加しやすくなる「PTA」があっても構わないとは考えます。
ただし、それが現況の「PTA」のように組織維持に汲々とするものならば、
やらなくていい事をやっている組織、
やってはいけないことをやっている組織、
――という側面が濃厚な組織を維持することに近いだろう、と愚考します。
[当日のタイムスケジュール]
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