2010年09月25日

発表の内容(目次)

当日の、登壇者の方々の発表内容を、お読みいただけます。
1.当フォーラム開催の経緯
司会:田中靖子氏[NPO教育支援協会]


3.PTA改革からスクール・コミュニティへ 〜習志野市立秋津小学校とPTA&秋津コミュニティの実験
秋津コミュニティ顧問・習志野市立秋津小学校PTA元会長
岸 裕司


5.PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道は可能か?
作家・公立小学校PTA元副会長 川端 裕人


7.「熟議カケアイ」についての説明と提案
文部科学省生涯学習政策局政策課長 上月正博

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当フォーラム開催の経緯(司会:田中靖子氏[NPO教育支援協会])

 本日はお暑い中たくさんのかたにお集まりいただきましてありがとうございます。司会をさせていただきますNPO教育支援協会の田中と申します、よろしくお願い致します。

 昨年度文部科学省から教育支援協会が、保護者を中心とした学校家庭地域連携強化及び活性化推進事業の委託をさせていただきました。事例集と報告書はロビーに置いてあります。
 この事業でPTAの会員の皆さまにアンケート調査を行いましたところ、PTAは必要だと感じる方が大多数いらっしゃるにもかかわらず委員のなり手が少ないとか、PTAの活動が活性化されないというような課題がなかなか改善されないという実態も分ってまいりました。

 その調査の結果を受けまして2月にシンポジウムを開きました。その時には今日もお話しをしていただくご予定になっております寺脇さんにも参加していただきまして、PTAがこれからどういう形・どういうあり方であればうまく行くのかというようなことを話し、議論をしていただきました。その時に、PTAはそもそも任意加入の団体であるということが余り周知されていないのではないかということとか、保護者全員が関わらなければならない保護者会の機能とPTAの機能が混在してしまってこんがらがっているんじゃないか、というような議論もありました。それからまた地域の方がPTAの活動に参加するPTCAというような組織のあり方の提示もありました。

 その後、そのシンポジウムに参加されていました川端さんと寺脇さん、それから岸さん、この3人で話し合いがなされまして今日の様なシンポジウム・フォーラムをもう一度開いてみたらいいということで、そこに教育支援協会の代表理事の吉田が加わり、4人が発起人となりまして、今日の準備を進めてまいりました。吉田の方は本日北海道におりましてこの場には参加できないのですけれども、この4人の方々が皆さまにお声がけしていただき、たくさんの方が呼びかけ人になってくださり、本日の配布資料にもお名前を載せさせていただいております。
 今日お配りいたしました資料ですけれども、この中にもチラシが入っていますが、ここで一つお詫びと訂正をお願いいたします。実はチラシのほうの裏面なんですが、こちらの方にですね「新しい公共は政府により」って書いてあるんですけれども、実はこれは政府ではなく「円卓会議により」その提案がされたものでございます。申し訳ございません。訂正をお願いいたします。その宣言文の中にですね、「PTAの活性化によるコミュニティスクールへの道」というものが提唱されております。資料の12ページから14ページに載せさせていただいております。
 このようにPTAは学校教育や地域の活性化などいろいろなものに対して、多大な期待が寄せられているんですけれども、一方ではこれ以上保護者の負担が増えても困るんじゃないだろうかというような心配があるのも実情でございます。活動を活発にさせるためにかかる必要以上の強制力もPTAの活動の活性化には繋がらないように思います。
 本来あるべき組織として、子供たちのために活動できるPTAにするために本日は発表者の皆さま、また2部でやりますシンポジウムを通しまして皆様と一緒に考えて行ければと思います。

 まず、本日の流れですが、お手元の資料の2ページにタイムスケジュールが載っております。一部で寺脇さん、岸さん、川端さん、前川審議官の4人の方々からご提案をいただきます。それから、午後になりますけれども、宮澤さんからご発表をいただき、その後に早川さんにモデレーターとして加わっていただきまして、全員でパネルディスカッションを行います。それぞれの登壇者の方々のプロフィールは4ページ・5ページに掲載しておりますのでそちらをご覧になってくださいませ。

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
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寺脇研氏発表

「新しい公共」についての概略と
PTAにかける期待・必要とされる国や自治体の支援案など

京都造形芸術大学教授・元文部科学省審議官
寺脇 研

 おはようございます。
 えぇ、あのぅ、岸さんみたいに早起きじゃないので、まだぼんやりしてますけれども、ていうのは昨日はですね、今日は或る程度こう大人の集まりなんですけど、昨日は高校3年生と新しい公共とは何かに関してやってましてですね。これからお話しする新しい公共って言うのは何しろ新しいことなもんですから、我々長いこと生きてきた人間は今までのことが頭にこびりついているんで、いろいろあるんですけど、高校生とか大学生とか昔の時代を知らない人たちは、あぁ、こういう風にやりゃぁいいんだなというんで大変まぁ関心が高まってということなんですね。

 で、あのぅまあこれから申し上げますけれども、新しい公共って言うのは、何ていうか、政府が何かをやるということでは無いんで、今日のこの集まりも今、発起人の成り立ちについて説明がありましたけれども、自分達で集まってやろうという事でやってんですね。で、そういうのが今全国各地でいろんな形で開かれてるんですけど、今日の集まりが発起人の4人の平均年齢が一番高いんじゃないかと思うくらいで、大体各地でやっているのは大学生とか20代の若者達が中心になってこういう風に考えてみようじゃないかというようなことをやっているっていうのが実状です。

 まぁ、私が最初ですから新しい公共とはそもそも何なのかと言うこと、今日お集まりの皆さんは或る程度はイメージを抱いてきていただいているとは思いますけれども、整理を先ずしてみたいと思います。あの、後ほどというか補強として見ていただきたいのは、今日の資料の12ページに新しい公共宣言というのが出てます。それを眺めつつ話を聴いていただいてと思っております。

 何でこんなことになっちゃったかというと、時系列で言うとですね昨年の8月の終わりに衆議院選挙で政権交代ということを我々国民は選んだ訳ですね。それは多分大方の方はなんか民主党が素晴らしいとか鳩山さんが素晴らしいからということよりも、何か、ともかく今までずうぅっと何十年間続いてきたことを一回きちっと見直して新しい視点でこれからの新しい時代に向かって行ったほうがいいんじゃないかと思ったってことが、大きかったんじゃないかと思います。

 その結果鳩山由紀夫総理大臣が生まれて、これからどういう風に新たな世界を作っていったらいいのかということについて9月の終わりでしたでしょうか、衆議院、ええと国会で政府の所信表明演説をした訳ですね。その中で初めて公式に新しい公共という言葉が使われました。

 つまり今までは、公共というのはなんとなく皆さんお分かりになるわけですね。まぁ、自分のこと、自分が幸せになるとか自分がちゃんと食っていけるとか、そういうことは自分のことだから自分で考えて自分にとっていいことっていうのはやるわけですけれども、自分以外の人にとっていいことというもの、つまり自分の事は自分でやるとしても自分以外の人で困っている人、自分では自力ではいろいろなことが出来ない人たち。子供であったりお年寄りであったり、障害を持った方々であったり、というような方々を含めた、この社会と言うものをどう考えるかと言うのが公共ということだと思うんです。

 従来はそれはまあ、基本的にお役所がやるんだよと、えぇ、子供が児童虐待にあってたらそれは児童相談所っていうところが何とかしてくれるでしょう。子供が勉強しようと思ったら学校というところが何とかしてくれるでしょう。病気になったら病院というところが何かしてくれるでしょう。お年寄りが困ってたら福祉、ケースワーカーみたいな人達が何かしてくれるんでしょう、ということで。公共のことはいわゆる公務員がカバーしてくれる。あとは自分たちのことは自分達が考えていればいいんだ、というのが基本だったと思うんですけれども。果たしてそれでいいのかということがあります。

 果たしてそれでいいのかという理由が2つあって、1つは、物理的な問題が先ずありますね。悲しい話ですけれど、全部公務員に任せてたんだけど、その公務員が仕事をする、つまり国の財政ですね。ええ、国の財政、あるいは地方自治体の財政というのが、最早破綻状態になっていて、国と地方合わせたら、1千兆円と言われる位の赤字を出してしまっているんで、もう今までのように国や地方公共団体に「全部何とかしてくれよ」ということが物理的に不可能になっているということが一つあります。

 まぁ、そういうあれじゃぁ何か悲しい話なんで、何か要するにお金が無いから仕方がないんで皆でやろうかでは情けないんで、もう一つポジティブな理由がある訳ですけれども。これまでの私達が生きてきた、日本でいうならば明治以来140年の歴史を持つ近代という時代があります。ここにいる全ての人は生まれた時から近代という世の中を、生きてきました。近代っていうのは基本的に何でも合理的にやりゃあいいじゃないかと。シロートが何かやるよりも専門家の公務員にやってもらったほうが良いんじゃないかみいたいな近代合理主義ということのなかでやってきた。つまりなんでもお金で解決する。お金で解決するっていうと悪いことみたいですけれど、きちんと納税するといのもお金で解決することである訳であって、お金で整理して行こうという考え方でやってきました。

 しかし、そういう生き方っていうのは、近代っていうのは世界的に近代っていうのは、右肩上がりで生活が良くなって来たり、社会が豊かになって来たりするプロセスであった訳で、その豊かになっていくプロセスを前提にして、近代という仕組みの中で我々は生きてきた訳ですけれども、どうやら、その右肩上がりで豊かな社会が続いていく、更に豊かになって行くということがもう終ろうとしているというか、もう終っちゃっているんですけどね。終っちゃっているっていうことがあるみたいなんですが。それが終っちゃったときに、じゃぁ私達は今までだったら、ああ、豊かになって良かったな今まで食べられないものが食べられるようになったとか、今までできないようなことが海外旅行なんてできないようなことができるようになった、ということに喜びをみいだして、幸せだなぁって思って生きて来た訳でしょうけれども、それ以外の新たな喜びということを考えていかなきゃ行けないんじゃないかということが出てきている。

 つまり生きる歓びっていうのがですね物質的に豊かになる喜び中心だったところから精神的っていうか気持ちの中で豊かなものになって行くという事ではないのか、ということなんですね。さっき私はこの新しい公共という考え方が若い人により支持されると言った理由というのは、若い人のほうが対応能力が有るとかいうこともあるでしょうけれども、もう一つの理由としてそういう風に、もう近代は終ったんだよっていうのは我々は自分に言い聞かせなければいけないんですね。あんなに調子良かった時代は終ったんだよと、過去はある程度終ったんだよっていうんですけれど、高校生大学生に言わせると、そんな時代僕達知りません、と。そんな豊かで右肩あがりで常に希望がなんか凄い坂の上には雲が在ってそこへ向かって駆け上がって行けばいいみたいな話って在りませんよと。もう生まれた時からデフレで100円ショップがあって、でそんな豊かでなんかどんどん自動車買って家建ててみたいな発想っていうのは、在りませんでしたよと、言われるとね、なるほどそうなのかと。

 実はこの10年20年の教育を巡る、後のお話に出て来るかもしれませんけれども、教育を巡る大人たちの迷走っていうのは、子供たちのそういう状態を見るに、大人たちがいや昔は良かったとかまた景気が良くなったらいいんだろうかとか世界の経済大国にもう一回なれないかなとかそういうことを考えていたギャップから生まれたことなのかもしれません。ま、そういうことを、今までは、今までの日本の政治っていうのは、とはいいながら「もう一回日本は豊かな国になりますよ」というような、メッセージを提案してきた訳ですけれども、成る程、これは政権交代した効果があった。総理大臣、日本の国のリーダーがもうねぇ、「兎に角時代は変わったんです。だから、今までのように所得倍増とか、そういうようなことを総理大臣が言う時代じゃありません。国民の皆さんみんなの力で私達の社会を助け合う社会にしていこうじゃないか。」

 まぁ、一言で言うならばその時、提案がなされたのは、近代という仕組みは終ったから、近代という仕組みにもたれかかるのは止めましょうと。じゃぁどうするのかというと、近代の前はどうしていたのかということを考えなければいけない。近代の前っていうことは明治時代よりも前ですね。明治時代よりも前には公務員なんていうものは居りません。税金を払うと言ったってそれは武士が税金をがっぱり取って行くだけの話であって、百姓から取り立てた年貢で、百姓の福祉制度を作るとかそういうことではないわけですね。持って行っちゃって武士の為にそれを使っているんで。税金を払ったからって、つまり税金ってあの頃は年貢です。年貢を納めたからって、それがサービスとしてバックしてくるなんていうことは無い訳です。

 じゃぁ、どうしていたかというと、自分たちでたすけあい、例えば今の年金制度なんていうのは、講…講って言うんですかね、講っていうのを作って、みんなでお金出し合って困った人があったら助かるようにして行きましょう。あるいは学校制度だって、政府が作ってくれる訳ではなくて「自分達で寺子屋っていうのを作って、やっていきましょう」というように自分達で力やお金を出し合って、やっていく。

 これ新しい公共のこれからお話します円卓会議が始まるときに最初の資料として配られたのが明治2年京都で番組小学校という学校が作られたときの話が配られた訳ですね。我々が大体関わっている学校っていうのは、明治政府が学制発布まさに近代学校制度っていうのは明治5年に始まる訳ですね。明治5年に学制を発布して日本中に小学校を作りましょうと言った、その3年前に京都では小学校が整備された。それはどういうふうにやったかというと、政府が関わっていない訳ですから京都市民がかまど基金と言って、かまどの数に応じてお金を出して、その出したお金で小学校を整備して行ったという。まあ、これが近代以前の仕組み。それを思いだそうじゃないかというのが一つ。

 あともちろん、江戸時代に戻ろうなんていう話では無い訳で、近代の仕組みの中から活用できるものはあるんだと。だから江戸時代に戻るんだから全ての公務員を首にしちゃって公務員無しの社会を作ろうと言う訳じゃない。だから公務員の力でやってもらえる部分というのは有ってもいいだろうと、今まで公務員が10分の10仕切っていたとするならば、公務員の仕切りの部分を例えば10分の5にして行って公務員がやった方がいいこと、というのが有りますよね、我々ではとてもできない、例えば、ピストルを持ってる犯人を追ってくださいよ、なんていうのはシロートではできない訳ですからこれは専門の技術を持った公務員にやってもらうというようなことは守っていきましょう。つまりいいとこ取りをしましょうということです。近代の制度で使えるやつは使っていく。だけど、それを一杯一杯になっている所についてもう一度自分たち自身がダイレクトに公共を担うという考え方を併用しながらやっていくということはできないだろうか、という考え方だった訳です。

 で、今年2010年の一月に総理大臣官邸に新しい公共円卓会議というものが設けられた。その円卓会議というものはですね、従来だったらですよ、総理大臣にしても文部大臣にしても諮問機関と思っている訳ですね。例えば中央教育審議会とか諮問機関で文部大臣が「教育について何かいい知恵を出してくれよ」って言われてその人たちが知恵を出して、大臣に報告書を出して、「こういうふうにやったらいいんじゃないですか」っていう形でやるのが今までの審議会様式。これを変えていこう。この円卓会議っていうのは総理大臣が丸投げしてなんか答えを出してくるんじゃなくて、総理大臣自身も会議のメンバとして皆と議論しましょうということで13ページの右上のところに外から集められた人々の名前。それからその下に一緒になって議論をした政治家、政府の職員の名前が並んでますけれども、これだけの数の人たちがみんな同じ立場で円卓つまり丸いテーブルに着いて議論をしていった、だから最終宣言というのも政府の宣言でもなければ政府に対して出す審議会の方針でもなくですね、このメンバ全員が署名をして私達はこういう議論をしました。その議論の結果を私達以外の人たちに呼びかけますという形式を採っている訳です。

 というのでこの新しい公共というのは言葉や概念が先行してその中で始まった。言葉や概念は取り敢えずわかったと。まあ何となくとにかく今までと違うやり方で公共を支えようというんだね、というんだけど、じゃあ具体的にどんなことが必要なんだろうか。国民の皆さんにはどういう事を考えてもらう呼び掛けをしたらいいんだろうか、お役所は今までのお役所の働き方と違う新しい働き方としてどのような働き方をして行く必要が有るんだろうか、ということを4ケ月余り議論した結果がここに出ているものだということなんです。

 まあ、いろんなことを議論をしていって、従来だったら全て公的なことでやって行くところにNPOとかボランティアというような人たちが入ってくる仕組みを考えていこうよ、なんていうところから話はスタートして行った訳ですけれども、そうやって議論していくとこりゃぁあらゆることが入っているんだな。

 昨日高校3年生の女の子と話してて「新しい公共って、私が電車でおばあちゃんに席を譲るっていうのも新しい公共なんですか」っていうから「やぁ、そうだよ、新しい公共っていうか公共だよね」っていう話をしました。自分が座席が空いているから座るっていうのは自分の為にやっている訳ですけれど、その座席をおばあちゃんに「どうぞ」っていうふうに譲る行為っていうのは公共の為におばあちゃんが座る、おばあちゃんが立ったまま電車に乗らないで済むっていう事を政府が仕切っているんじゃなくて、一高校生だって小学生だって、「おばあちゃんどうぞ」っていえばそれが出来ますよという話です。

 まぁ、それだけだったら別に新しくないよっていうことになるかもしれないけれども、彼女に私が説明したのは、今までだったら「子供や若い人はお年寄りに席を譲りなさい、譲るもんだ」っていうルールみたいなことを義務付けられていって、「ルールなんだからあなたそうしなさい」みたいなことを言った。そうじゃなくて、「私がこのおばあちゃんの為に、自分がおばあちゃんに何かを喜んでもらおうと思ってやることなんだよ、ということは、自分自身も嬉しいことなんだよ」、人に命じられて、「はいはい、子供は立って」って言われたらこれは嬉しいことじゃない訳ですけれども、自分が、「ああそうだね、おばあちゃん立っているの可哀想だね、変わってあげようね」って変わったら、おばあちゃんが「ありがとう」って言ってくれて「ありがとう」って言ってくれたら嬉しかったね、っていうその喜びを自分が持っていくことなんだ。

 つまり新しい公共だから国民は皆世の中の為に何かをする義務があるとかって言われたんじゃちょっと窮屈な社会になってくる、そうじゃなくて、世の中の為に何かをする歓びっていうものを、持って行こうじゃないかと。それが歓びとして感じられませんか、という提案なんですね。

 またそこら辺の所は午後のところでも議論していくとして、まあちょっと時間経過だけ言うならば、その会議が始まってすぐ、2週間ぐらい後でしたかね、1月の終わりにその会議が始まってすぐ2週間くらい後に、さっき田中さんから説明があった、NPO教育支援協会というところが文部科学省から委託を受けてPTA活動の現在というようなことを分析して議論するという場が2月の11日だったですかね、横浜で開かれました。

 私は教育支援協会のメンバーの1人でもあるんですね、その会に出かけていった。でもその時にはもう私は既に新しい公共ということについて、毎日考えている立場だったところですから、私の頭の中には新しい公共っていうのが渦巻きつつ、そのPTAの話に出て行った。となると、PTAの問題が今まではそういうことを思っていなかった、新しい公共っていうことを頭に置きながらPTAのことを議論するとどういうことになるんだろうか、ということで、まあ、PTAを実際にやってらっしゃる方々とか、或は学校の校長先生とか、文部科学省の行政官の皆さん方と一緒にそこで議論していると、まあ、何時間か議論した訳ですけれど。

 議論すればするほど、そうだよね、PTAっていうのはまさに、公共。考えてみたらPTAっていうのは、お役所がやってもらっている訳ではないわけですね。自分達で集まっている。だいたい今頃ならば、NPOとかなんとか言いますけれども、NPOという言葉は最近出てきたように言いますけれどもNPO法人という言葉自体は、この10年位のことですけれど、NPOという考え方自体は、昔からあるわけですね。江戸時代に村で寺子屋を作っていたというのは、今で言えばNPOでありNGOですね。当時のガバメント、政府っていうのは江戸幕府とか何とか藩のお殿様っていう人がやっていたわけでしょうけど、そういう人が作った訳じゃなくて、ノット・ガバメントの形で作っていたわけだから、江戸時代に大体いろんなことをやっていたのはだいたいNPO活動かNGO活動だったわけですね。今日でいうならば。とすれば、江戸時代でさえそうなんだから、60年余りの歴史を持つPTA活動というのもそれが出来た頃にはNPOなんていう発想は無かったけれども、今風に言えばNPOとして作られている。それが無かったから当時の考え方では公益法人。社団法人です。日本PTA全国協議会というのは社団法人ですよね。従来はそういった公共の事をやるっていうのは、お役所がやるか、公益法人がやるか、っていう事だった訳でしょう。
 今でもそうですね。公益性が強い順に言うならば、一番目にお役所です。二番目に強いのは準お役所である、まあ、このごろ事業仕分けで有名になった独立行政法人、この東京大学も独立行政法人ですから、昔は国立大学で国が運営していた訳ですけれど、ワンランク、ちょっと民に近くなって、独立行政法人と言っているけれど、これが国の次に独立行政法人。で、その次に公益性が高いのは、これまた事業仕分けされているわけですけれど、公益法人。

 今その独立行政法人とか公益法人に天下り以下いろいろなことがあったりとか、不明瞭なお金の動きや無駄遣いがあるんじゃないかという様なことが言われている、そういう部分がある。で、その国でも独立行政法人でも、あ、国っていうか国や地方公共団体っていう、まず公務員の世界。それから独立行政法人の世界。そして公益法人の世界でないもの、そして新しい公共というか、民間のいろんな活動があっていいんじゃないかということでやっている訳ですね。

 で、だから新しい公共円卓会議の中でも、古い頭の人は居ます。誰とは言いませんが、そういう方は「NPOなんかにやっぱりやらせるのはいけないんじゃないの。従来の公益法人とか、独立行政法人がやればいいんであって、せいぜいそのくらいでしょう。だから、社団法人とか財団法人とかいうようなところまでが、正面切って公共を担えるのであって、NPOもやるなとは言わないけれど、やるんだったら、まぁ、分を弁えてやりなさい」みたいな議論も出てきている。

 まあ、当然私や私と同じ考えの、まあ、そっちの方が多数派ですけれど、NPO活動している側には「とんでもないな」と。それをするんなら何で事業仕分けなんかやんなきゃいけないんですか、と。その、あなたが言う所の独立行政法人とか公益行政法人がでたらめなことをしているから、こんな風になっちゃっているんじゃないですか、っていったことを。

 だけどね、このことを何故私がわざわざ言うかっていうと、じゃぁ、PTAだって社団法人だからいいじゃないか。PTAは社団法人だからいいじゃないかって言うけど、それは昔、そういう制度しか無かったから社団法人だったんで、今、新たに全く無い所にPTAを作ろうとしたときに社団法人とか財団法人になろうと思うんですか。それ、普通NPOでやるっていうことじゃないんですか。だから、PTAは社団法人なんだから従来どおりのやり方でいいんだ、では無くって、こういう考え方になったときにもう一度考え直してみてもいいのではないのか。

 当然ですね、さっきから言っている行政機関・独立行政法人・公益法人・NPOっていう序列っていうのはですね、公益性が高そうに見えるということとは裏腹に拘束性が強いっていうことですね。やりたいときにやるっていう、そういうことじゃまずい訳です。公務員が働きたいときだけ働くっていうんじゃまずいんで、ちゃんと勤務時間きちんと働いて、嫌な仕事でもやんなきゃいけないという拘束性が、一番拘束性が高いのは公務員の世界。で、独立行政法人になると拘束性が少し緩くなるから、東京大学の先生は少しそんなに公務に縛られずに、自分の研究みたいなことに打ち込んだりしていてもいいよみたいなふうになる。で公益法人になるぞみたいなことを言っている。

 けれども、だけど公益法人とNPO法人を比べれば、明らかに公益法人の方がいろいろ縛りが掛かっていて、「こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない」みたいなことを作って行きますよね。例えばその時に、PTAで議論されたのは、PTAには必ず会長が居なければならないのか、みたいなことですね。で、これは、公益法人だったらやっぱり代表が居なければいけないので、必ず代表が居なければいけないですね。で、NPO法人、あ、御免なさい、NPOの中にもNPO法人と法人じゃないNPOが有りますね。で、NPO法人になるときはまたやっぱり認可を受けなきゃいけないですからだれが代表かっていうことをはっきりしなきゃいけない。でも、そうじゃない、ただ仲間内でやっているNPOだったら、別に代表が居なくたっていいじゃないか。或は代表が5人居て、その5人が代表それぞれですっていうことだって、いいんじゃないか。自由自在に作れる訳です。

 で、あの、あ、御免なさい、あ、御免、時間間違えてた、10時半までだったね、11時までだと。じゃぁ御免なさい。そういうことの中で、バトンタッチして、PTAの話になると、次のお二人がそういう中でPTAを、っていうそこの所の話を次は川端さんですね。あぁ、岸さんにバトンタッチして深めて行って貰えば良いんで。あぁ丁度いい所に時間出してくれた。ぼんやりしてた。あのう、あと30分しゃべっちゃう所でした。ええ、でも良かったです。丁度ここのところでPTAの話に移る所でしたんで、岸さんにバトンタッチしたいと思います。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 18:29| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

岸裕司氏発表

PTA改革からスクール・コミュニティへ
〜習志野市立秋津小学校とPTA&秋津コミュニティの実験
秋津コミュニティ顧問・習志野市立秋津小学校PTA元会長
岸 裕司

 はい、こんにちは。あ、おはようございますです。
 えーと、寺脇さんが長くなるのは予想通りで、だから一番最初に登壇いただいたんですが。でも、時間調整しながら予定通り進めて行きたいと思います。

 僕は、千葉県習志野市秋津という所に30年前から住んでおりまして、3人の子どもがいます。現在、もう3人とも成人をして、上の2人は結婚し、孫が3人いる立場なんですけれども、その3人の子どもが通ったのが習志野市立秋津小学校なんですね。で、縁があってPTAの役員を7年やりました。最後はPTA会長をやったんですけれども、丁度今日のテーマに僕のPTAに関わったこととですね、リンクします。

 それから秋津コミュニティと言いまして、今日まで続く生涯学習の推進団体を18年前にPTAから独立するかたちで立ち上げまして、現在も、いわゆる普通の公立小学校である秋津小学校を拠点にして、秋津コミュニティのさまざまなサークルが授業参画はもちろんのこと、学校という施設の一部をコミュニティルームという生涯学習施設として開放していただいたり、また、教室だけではなくて、学級花壇も借りて活動しています。子どもの数が減るということは、教室が空くだけでは無くて、実は花壇も空いちゃうんですね。それを少なくなった先生、教職員だけで世話しようとすると大変なんです。学級数が減ったから、校地の敷地が減るかっていうとそんなことはないんですね。 敷地だけ広くて先生の数が減れば、先生の負担は大きい。ですから、300平米ほどの敷地を借りて花好きの方は花の栽培をしたり、または野菜を作ったりですね、そういう場所として使うように開放してもらいました。あと、陶芸窯も借りてますが。

 で、お手元の資料の12ページをちょっと見ていただきたいんですが、ここに新しい公共宣言、12ページの下段にですね、4行有ります。ちょっと読ませていただきます。“人間の中にもともと存在する、人の役に立つこと、人に感謝されることが自分の歓びになるという気持ちと、そうした気持ちに基づいて行動する力。それをもっている人間は、公共性の動物だといえるかもしれない。「新しい公共」では、国民は「お上」に依存しない自立性をもった存在であるが、それと同時に人と支え合い、感謝し合うことで歓びを感じる。それが「新しい公共」が成立することの基盤である。”
 この文章、僕読んでですね、いまの秋津の状態、秋津コミュニティの状態に近いんじゃないかと思いました。そこで、そのきっかけがPTA改革だったということを含めて、今日お話させていただきたいと思います。

 それからこの文章の中に「国民」とあるんですけれども、私のワイフが在日の朝鮮人三世、国籍は大韓民国なんですが。そういうこともあってですね、現場で使うときは「国民」だけではなく「市民の権利」と解釈しています。それじゃぁ、順次パワーポイントで。

秋津の3つの実験
(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 秋津がやってきたことは3つです。いわば実験というふうに言えるかも知れませんが。
 1つ目は秋津小学校の授業や行事に保護者や地域の方々が参画すること。
 ざっと計算すると、年間で延べ2万人の大人が参画しています。で、学校というのは年間の約200日間営業しているんですね。ですからさまざまな授業への参画を、僕は、学社融合の中の狭い意味の学社融合、年間日数が少ないという意味で「狭義の学社融合」と呼んでます。
 2つ目は、秋津小学校という建物は年間365日建っている訳ですから、ここをコミュニティルームとして住民の生涯学習活動の拠点として使うことにより、延べ1万人が出入りして利用しています。で、これは年間通して使用するという意味で「広義の学社融合」と言っています。
 3番目ですけれども、とは言っても今では地縁もなければ血縁も殆ど崩壊してしまっている時代です。そこで、人と人を繋ぐためには新しい発想法が必要なんですね。そこで僕らは子どもの縁、子どもの縁を介して人と人を繋いで行こうという意味合いの「子縁(こえん)」で人つなぎをしています。

 それら3つを成立させてきた中で基本的に大切なのは、PTA改革時からの一貫した考え方と、推進法があります。
 それは、何をするにも互いの立場を尊重し、互いにメリットを生むWin&Win、「融合の発想」と私は言っておりますが、で実施すること。配布資料の6ページ・7ページに今回のこのスライドの主要画面を掲載しています。特に融合の発想については、6ページの上段に私の定義を書いておりますので、お読みいただければと思います。

 融合の発想を学校や地域に当てはめて使うためには、保護者と教職員がWin&Winしなければダメなんですね。だから、PはPとしてのメリットがあり、TはTとしてのメリットがある状態を意図的に考えながらやってきたのが私のPTA改革ということです。
 また学校や教育委員会もそうです。例えば学校施設開放の認可をする教育委員会にメリットが無ければ、教育委員会も開放する意味を持ちません。ですから教育委員会も学校もさらに利用する住民もWin&Winすることが大切です。具体的にはコミュニティルームを行政が管理するのではなくて、住民に鍵を預けてもらって自主的に運営するというやり方です。そうすれば、人件費がかからないので教育委員会にメリットがある生涯学習・社会教育の推進ができますから。

 それから、子どもはもちろんですが、お母さん、またはおばあちゃん。広い意味での住民全体がWin&Winするようになっています。開放施設での例では、放課後子ども教室を実施したり、その事により、今は崩壊していると言われている多世代交流が身近な小学校でできています。

 また、お母さん、おばあちゃんだけではなくて、親父たち、子どもと親父もWin&Winです。
 例えば休日でないと行けない、または夜間でないと行けないというようなお父さん達が結構います。だから、休日、土日や休日に子ども教室を開設すれば、お父さん達だって学校で子どもたちと関わることができるんです。だから、学校・子ども・親父もWin&Winです。

 そして親父たちは各種の学校教材を作っているんですけれども、教材作りやモノ作りそのものが、実は親父たちの居場所になっているんです。
 こういう考え方を元に、学校教育の充実であると同時に地域社会にもメリットが生まれる「学社融合」をしています。

 最初に申し上げた学校と住民がWin&Winするあり方として、住民が様々な授業に参画している様子をスライドで説明します。
授業に年間2万人が参画 学校と住民がWin&Win
 左の写真のおじいちゃんは元々は少年サッカーのリーダーだったんですけれども、今は4年生の国語の授業には落語の単元があることから、それをこの方が授業しています。先生だけではなくて地域の落語好きの方が実際に落語をやる。そのことによって子どもたちが様々な人と触れあい、落語を学ぶことができる。で、この時は「寿限無」を演じたそうですけれども、後で聞いたらですね、評判が悪かったと。非常に長くて子どもたちからは「おじさん疲れるよ」とのことでした。

 2番目に学校・教育委員会と住民がWin&Winするやり方の一つに、学校施設開放というのが有ります。秋津小学校コミュニティルームの場合は、学校長が管理責任者ではなくて学校長から切り離して、教育長が管理責任者になっています。ですから、休日や夜間に学校長を含む教職員が出勤する必要は全然ありません。そのことによって、住民自治で施設を使える。こういうあり方が秋津のやり方です。

学校・教育委員会と住民がWin&Win 教育長が管理責任者。校長ではない。
 右上にはサロン秋津というのがありますが、これは高齢者団体、社会福祉協議会秋津支部が、5年程前からコミュニティルームで始めたんですけれども、月2回お年寄りの集まりです。だけれども、学校の開校時間帯に催していることから子どもたちと廊下ですれ違ったりですね、また、子ども自身が「おじいちゃん、何をやってんの?」と自然に入り込むことによってお年寄りは心の癒しが得られたり、または核家族化が激しい世の中であっても、地域のおじいちゃんおばあちゃんと、子どもたちが触れ合うことが居ながらにしてできるんです。こういう状態を生み出しています。
 左下の様に花壇も開放し、花壇好き、お花の栽培が好きな方々が、教職員を煩わせないで、自分達の楽しみとしてお花の栽培をすることができる。このことも学校にも地域社会にもWin&Win、双方にメリットがあるやり方です。

 また放課後3時半から5時まで学校施設を使い、お母さんとおばちゃん達が主宰でやれることを自主的に提案していただいて様々な子ども教室をやっています。
子どもとおばちゃんがWin&Win
 右下のように、地域のおばちゃんで、塾の先生なんですが、そのおばちゃんが「秋津の子どもだったら算数やってあげたいわ」と。そうすると中学生も数学をやって欲しいということで数学教室も開いています。このときも教職員の出勤義務はありません。もう、今年で6年目に入っています。

 さらには特に、休日は親父が担当。左の上はうどん作り教室であるとか、僕もときどき科学教室をやったりですね、工作好きの工作クラブのおじさんたちは、様々な工作教室をやっています。
子どもおやじがWin&Win
 ここに写っている、これは電気スタンドですけれども、風船を膨らませてそこに和紙を貼って乾いたら風船を割ればですね、左の様な電気スタンドになる。で、この右に写っている可愛い女の子、可愛いでしょう? 僕の孫のアカネちゃん。

 実は僕の長男は、1回まちを出ているんですね。で、東京に住んでいたんですけれど、去年の3月に「アカネちゃんを秋津小学校に入学させたい」と、息子が言いましてですね、東京から子ども3人、ああ、当時は2人連れて秋津にUターンして来ました。で、3人目が秋津で生まれ、長男自身も秋津小学校の出なんですね。Uターンすることによってまた子どもが増えてまちが活性化して行く。こういうことが僕は必要なんだと思うんです。一種の心の故郷というのも様々な方が関わることによって、子どもの心を育成することができるんじゃないか、と思います。
 こんな各種の子ども教室、秋津では「秋津・地域であそぼう!」と呼んでいますが、年間では240日間、学校の開校日数よりも40日多いことを地域主体でやっています。

 3番目は人繋ぎは子縁(こえん)で。
学校・子ども・おやじがWin&Win
 特にお父さん達っていうのは忙しい。だけれども好きなことだったら参画するんですね。例えばモノ作りが好きなお父さんだったら飼育小屋を作ったり、余裕教室の一室を先生の要望で低学年用の図書室に改造したりと。こういうモノ作りには、結構集まってくるんです。この状態は、お父さん達にとってもやっぱり居場所なんですね。だから学校が教育教材として充実するものを得られるメリット、お父さんにとっての休日の楽しみの居場所を得られるメリット、だから学校とお父さんのWin&Win。
 ちなみに子縁を僕なりに定義すると、下の方に書いてありますが、“子縁は子を持つ親はもちろんであるが、何らかの事情で子供をもたない若夫婦や、子や孫などの居ない、または同居していないお年寄りなどにも拡大させて、地域社会で様々な人と人を繋ぐ新しい縁結びの考え方”。
 例えば独居の方って非常に増えたんですね。日本全国の1世帯平均人数は2.43人。3人いないんですね。であれば、孫に会いたいけど同居していない。だけど地域の孫だったらいるじゃないかと、子どもとお年寄りを学校を拠点につないでいく。そういう状態を生み出して行くことが大切なんじゃないかと。ということで、親父を引っ張り出すにはモノ作りがいい、というふうに私は経験的に思います。

 そうすると、どういう効果が生み出されるか、そういうことを意識して大学生などが調べてきたことの1つがこのデータです。
中学生に追跡調査
 これは、秋津小学校を卒業すると第七中学校というところに行きます。第七中学校には秋津小以外に2つの小学校からも来ています。だから小学生に訊いても分らないことが、中学生に訊いたら分る。ということで訊いたものです。

 で、上の図には、今中学生だけれども、「小学校のときに放課後や休日、自分の小学校に何回くらい行ったか?」と訊きました。すると、秋津小卒業生がだんとつに多いんですね。つまり、放課後であろうが休日であろうが、学校が居場所になっている。
 で、下の図の方は、今は中学生だけれども、「中学生になってから母校の小学校に放課後や休日に、年間何回くらい行きましたか?」と、訊いたんです。そうするとやはり圧倒的に秋津小卒業生の方が母校に来ているんです。
 この事実から、幼少期からの様々な人々との触れ合い経験が子ども自身の故郷意識を醸成し、しかも中学校にまで連続しているんじゃないか、と考えることができるんではないか、と思います。

 じゃ、今度は高校生になったらどうかということで、上の方の図は2本の棒線がありますが、2本の上の方の図は秋津、下の方は他の地域。他の地域というのは、横浜市・川崎市・福岡県小郡市の進学高校の男子生徒370人。で秋津の方は、秋津小を卒業し調査時点で秋津に住んでいた高校生男子26人。まあこの有効回答は60%ですが、だからちょっと人数は少ないんですけれどもね。
高校生に追跡調査
 で、「今の自分が好きですか?」という問いに対して、赤が「その通りだ」、グリーンが「どちらかと言えばそう」。つまり自尊感情が高校生になっても、秋津の少年達は他の地域の高校生より比較的高いんです。
 下の図はコミュニケーション能力に関することですけれども、「友達が話しているところに気軽に参加できますか?」の問いです。赤とグリーン、上位2つを採るとやはり秋津の高校生がかなり高い。

 何故こういう能力が培われたのかということの仮説として、やはり幼少時から自分の地域、子どもにとっては歩いて行ける範囲。そのエリアに住んでいる大人たち皆が関わることによって、無意識の内にこういう有意性が形成され、更に高校生になっても続いていくんではないか。ですから幼少期の多世代交流の効果、これが実は高校生になっても持続していくんではないか、と思うんです。

 じゃあ、お父さん達はどうか。
 例えばAさんは「活動に参加しているうちに子ども好きになった。今では地域のスポーツクラブでよその子の世話をして楽しんでるよ」。Bさんは、「コミュニティに参加するようになって、親子の触れ合いが子どもの人格をよい方向に育てるということに気づいたよ。子どもにとって一番だいじなものは大人と触れ合う時間だね」。飛んで、Fさん。「コミュニティでは皆が生きる知恵をもってる。年配の人とも一緒にやっていろいろ学んだ。人生、ずっと学ぶことがあるね。楽しくやっているよ。子どもがこんな姿を見て、何かを学んだり感じたりしていると思う」と言っています。
 つまり大人のほうも成長するんですね。
秋津コミュニティの活動は「親父力」や「人間力」を高めている

 このような秋津コミュニティ、秋津モデルと言われている状態にするにはどうしたらいいか。
 1つは家庭・学校・地域が開かれているということ。家庭も開くことによって、家族も成長していくんです。

 2つ目は、PTAが主体になっての実践が大切です。
 例えば親父の居場所を学校につくることです。様々なサークルを作ることによって、例えばパソコンクラブとか工作クラブとか比較的男性が参加しやすい、そういうサークルを作る。または現在の国の施策である「放課後子ども教室」を学校の教室でやってみたり、または学校支援地域本部事業を積極的に行ったり、または総合型地域スポーツクラブを積極的に作って学校改革から社会改革・地域改革、しかも世代間交流を伴っての健康的なまち作りを考えた、勝ち負けに拘らない、そういう総合型地域スポーツクラブづくりというのも大切だろうと思います。
 これらは秋津ではすべてやっていることなんです。

 3つ目は、コミュニティ・スクールを推進すること、これから議論されますが。

 でもね、これらは方法であって目的ではないんですね。目的は学校を拠点に生涯学習社会の実現に取り組むことなの。2006年に改定された教育基本法第3条に謳われた「生涯学習の理念」なんです。条文は“あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない”とあります。つまり、学校という子どもがいつでもいる場所を拠点に、大人も一緒に学び、更に学校施設を365日型で開放し、地域全体の生涯学習施設に変えていく、これがこの第3条の理念だと私は思います。その実践を、秋津モデルはやっているんです。

 秋津モデルの学校を拠点にしていつでもだれでもが集い学び合うことができる生涯学習学校の在り方を、私達は「スクール・コミュニティ」と呼んでいますが、最終的な目標は2つあります。

『誰でもが、いつでも、どこでも学べる、生涯学習のまち育てに寄与する学校と地域をつくること。』

 2つ目が、『誰でもが、安全で安心に学び働き暮らせる、ノーマライゼイションのまち育てに寄与する学校と地域をつくること。』

 特に「働く」ということですね。教職員にとって安全で安心な学校。教職員にとって働きやすい学校。これも我々は同じことと見ています。例えばコミュニティルームで子育てサークルが在れば、これから若い先生がどんどん増える中で、保育所に預けても熱があったら駆けつけなければいけない。その時に、学校に、勤務校に連れてくればいいじゃないか。1階のコミュニティルームの子育てサークルの方々が、働いている先生のお子さんを預かって、そして授業の合間にお乳をあげに来る。もし何か困ったことが在ったら、勤務校区の校医先生にお尋ねすればいいじゃない。だから働きやすい職場としての学校づくりも大切なんだと思うんです。

 最終目標はそれらを通してまちのソーシャルキャピタル全体を向上していくこと。つまり、自主的な学び、安全・安心、働きやすい学校、健康、市民自治、それら総体としてのまちの魅力により、若者家族のUターンやIターンを促すと。つまり子どもを増やして持続可能な、サスティナブルタウンにして行くということ。このことそのものが新しい公共を住民主権で創出することなんだ、と思います。
秋津モデルのスクール・コミュニティの最終目標

 以下は秋津のまちとPTAとの関わりの歴史ですが、特に重要なこと、1つ申し上げておきたいと思います。開校の6年目ですが、1986年に私も関わったんですが、PTA規約を改正しました。

 どこを改正したかというと、それまで入っていた、「学校の人事や管理には干渉しません」。これを廃止し、変えた文言は「会員相互の理解と資質向上をはかることを目的とし、本会と学校は互いに干渉することなく立場を尊重しあい、目的達成のために協力します」に変えました。目的は何かと言えば、「会員相互の理解と資質向上」。つまり、産んだだけでは親になれない時代なんだと。だから保護者は保護者らしさ学ぼう、教職員も免許を持っているだけでは納得できる授業はできないんだ。だから教職員も学んで行こう。それが我々のPTAの最大の目的です。これを作ったことにより今日の秋津小学校、及び秋津コミュニティの生涯学習を中心とした学び合い学校になって行ったと私は感じています。この全文は資料にも書いてあります。
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 そんな流れから2005年度に文部科学省より「コミュニティ・スクール推進事業」の委託校。その前にも、文部科学省の「新しいタイプの学校運営の在り方に関する実践研究」の指定を受けたりしながらですね、2006年に習志野市教育委員会からコミュニティ・スクールの指定を千葉県で最初、現在でも未だ唯一受けた学校です。
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 最後に秋津で活動しながら出来てきたキーワードが4つ程あります。

 「できる人が、できるときに、無理なく、楽しく!」
 僕がPTAに関わる前は、この逆でした。「出来ない人が出来ないときに無理して楽しくない」。だから、「子どもが卒業したら、もう2度と学校行かない」という親が多かった。また先生から見たら、「PTAの保護者の方たちが私の休日を奪う。休日に開いたバザーに何であの先生来ないの?って平気でちくられた」と。だから先生にとっても「PTAって嫌だわ。そんなPTAは辞めましょう」っていう感じでした。

 2番目、「楽しく、ゆっくり“わたし流”に!」
 秋津コミュニティの生涯学習を推進する考え方です。生涯学習は強制されてやることでは無いんだ。だれかと競うことではないんだ。私流で良いんだ。だからゆっくりで良いんだ。大切なのは楽しいということ。

 3つ目が、公共施設を借りるときの、住民の意思・市民の意識。「自主・自律・自己管理」です。

 4番目に、それらを通して「自助・共助、最後に公助のまち育て」です。出来ることは自分達でやって行こうの『自助』。助け合えることは助け合ってやって行こうの『共助』。そして、最後に行政頼みは最後の最後。最後に『公助』のまち育てです。
秋津実践から生まれたキーワード

 その下の参考に記した人数ですけれども、日本の0歳から14歳の総人口は約1千7百万人。これから退職を迎える57歳から退職直後の65歳までの総人口が幸い約1千7百万人。つまり元気なシニア1人が孫世代の子ども1人と一対一対応ができるんです。こういう時代は珍しいのです。だから、地域の元気なシニアを誘い、忙しい現職の親は子どもたちを見守ってもらえるように働きかけるととても助かるだろうということです。こんな役割をPTAが担えば、親の荷も軽くなるだろうし、優しいまち育てにもなるだろうと思います。
 最後に、学校づくりは子育ちとまち育てと三位一体なんだ、この3つは、切っても切れない関係なんだと感じています。私の発表を終ります。ありがとうございました。
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フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 08:29| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前川喜平氏発表

今後さらに進化するであろう「コミュニティ・スクール」の概略や期待、
「新しい公共」と文部科学省の施策など
文部科学省 大臣官房 総括審議官
前川 喜平

 はい、それでは、画面が直るまで私が繋いで話をしたいと思います。私は文部科学省の役人でございまして。寺脇さんは、いわゆる、過去官僚或は脱藩官僚といわれておりますけれども、私は現在官僚。寺脇さんが係長のときに部下で、しごかれた人間でございます。

 で、今日はコミュニティ・スクールについてのお話を中心にしていきたいと思いますが、特に資料を用意してきていなくて大変無責任な話でございますけれども。

 私、審議官というような肩書きを持っている訳ですけれども、今日は文部科学省の人間というふうに見てもらわないほうがいいと思います。文部科学省の公式の見解というものをお伝えするということもするでしょうけれども、そうでないことも言いますのでね。それ全部文部科学省が言っていることだと思われてしまうと、困っちゃうんですね。特に今、政治主導の世の中でございますから、大臣・副大臣・政務三役という、その指揮、命令の下に私ども役人が仕事をしている訳でございまして。公的な立場でお話をするにあたってはですね、「こういう話をしますからいいですね?」って大臣に了解を貰わなければ話しができません。そういうことでは困りますので、いち個人の前川喜平ということでお話をさせていただこうと思っております。

 コミュニティ・スクールっというのは、岸さんの関わっておられる秋津小学校もそうなんですけれども、これは沿革からいえば平成12年12月、教育改革国民会議というものが報告(※)を出しまして、その中に初めて出てきたアイディアであります。公的に出てきたですね。で、教育改革国民会議の金子郁容(かねこ いくよう)さんがこの報告のときの立役者である、ということでございます。ただ、その過程において、金子郁容さんと一緒になって、コミュニティ・スクールの考え方をまとめて行ったもう一人の人が居まして、その人が鈴木寛という人です。で、偶々今、私の上司になっている訳です。副大臣で居られます。
 ※教育改革国民会議の報告 http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/houkoku/1222report.html
 
 教育改革国民会議の報告っていうのは、そういう何て言うんですか、21世紀型っていうか、ポスト近代化っていうか、そういうテーマの事も盛り込まれていましたけれども、全く逆方向のことも盛り込まれていて、いろいろなものがごちゃ混ぜになっているような、そういう報告だったと思うんですけれども。

 この、直接の切欠と言えば教育改革国民会議の報告だった。で、それを受けて、コミュニティ・スクールという仕組みを制度化して行こうということで、いろんな議論が始まった訳ですけれども。やっぱり、すでにエスタブリッシュされた教育界のいろんな組織だったり、そういうところからは、もともと快く思われて無いんですね。制度設計をすることに於いても、あまり、例えば都道府県教育委員会のご賛同は得られなかった訳ですね。そういう中で、教育改革国民会議の報告に有るじゃんって言って、その上にまあ楯にして仕切って作ってやってよ、という所が有った。草の根の制度をトップダウンで作った。そんな所があるんですね。

 コミュニティ・スクールという言葉は、制度上の言葉では有りません。コミュニティ・スクールの和訳、和訳って言うか日本語、漢字で書くと地域運営学校。地域運営学校=コミュニティ・スクール。漢字で書いたときは地域運営学校、カタカナで書くとコミュニティ・スクール。でも、地域運営学校にしてもコミュニティ・スクールにしても、制度上の言葉では有りません。法令でひっくり返しても出て来ない。法令で出てくるのは、学校運営協議会という言葉です。

 その仕組みをちょっと、ご説明しておいた方がいいと思うんですけれども、これは、是非、今日のパンフレットの14ページ。『地方教育行政の組織及び運営に関する法律』の学校運営協議会に関する法律がそっくりご在ますので、これをご参照いただきたいと思うのですが。

 学校運営協議会というのは、学校を設置する自治体とその教育委員会が指定する学校に置くことができる、ということであります。ですからこの学校運営協議会を置くかどうか、つまりコミュニティ・スクールにするかどうかというのは、設置された自治体と教育委員会の判断による、ということになります。

 それで、1つ、これはですね、第2項というところに、「学校運営協議会の委員は、当該指定学校の所在する地域の住民、当該指定学校に在籍する生徒、」、ここは岸さんが太字にしてますけれども、岸さんがしたんだと思いってますけれども(岸さんより、「その通り!」)、「児童又は幼児の保護者その他教育委員会が必要と認める者について、教育委員会が任命する。」で、矢印で、生徒も委員になれる。で、『生徒も委員になれる。』って僕はこの結論は、あの、事実です。ただ、「当該指定学校に在籍する生徒」って、ここで切っちゃいけないんです。「当該指定学校に在籍する生徒、児童・幼児の保護者」と、ここまで、ここまで一気に読まなきゃいけないんですね。これ、保護者っていうことを言ってるんで、生徒が委員になれるということを私は提起していた訳では無くて。生徒の保護者で終んなきゃいけないんです(岸:いやいや、これはね、法律家や文部科学省の佐藤弘毅さんにも確認したんですけど、「生徒」のあとに「、」と句読点が入っているんで、生徒も委員になれるんです)。入ってますか?(岸:入ってます)。ここはですね、生徒・児童・幼児、生徒というのは中学校・高等学校相当に在籍する子供、で、児童は小学校に在籍する子供、幼児というのは幼稚園に在籍する子供の事で、コミュニティ・スクールに成り得る学校全体に在籍する子供のことを並べているんです。で、その保護者っていうことです。ただ、「その他教育委員会が必要と認める者」には生徒も入るんです。

 まあ、いずれにしろ生徒は入るんですけれども、文部科学省の態度としては、「入れたくない」という態度。だからその、右側(15ページ)の、文部科学省が作成した学校運営協議会規則例ですね、これには入れてないです。生徒というのはそういう主体性を持つものではないであろうという。組織として文部科学省は見解をしている。入れちゃイカンっていうことではないです。けれども、如何なものか、ということですかね。(岸:子どもの権利条約の意見表明権の観点からは生徒を例示すべきでは)。いや、私、私を攻められても困るんですが……。

 で、学校運営協議会がどういう権限を持っているかは、第3項、第4項、第5項に載ってます。

 先ず、校長は学校の運営に関して、教育課程の編成その他教育委員会規則で定める事項について基本的な方針を作成する。で、それについて学校運営協議会の承認を得なければならない。学校及び基本的な方針について、校長に対して承認を与える、そういう権限を持っている。

 それから、学校運営協議会の第4項は、いくつかの事に対してですけれども、学校運営協議会は教育委員会又は校長に対して、意見を述べることができる。その、学校運営に関する事項についてですね。

 それから、職員の採用その他の任用に関する事項、要するに人事に関して、当該職員の任命権者に対して意見を述べることができる。県費負担教職員制度というのが公立小中学校にご座いまして、学校の設置者は市町村だけれども、先生を任命しているのは都道府県の教育委員会、こういう変則的な公務員制度があります。

 そういうことから或る程度、先生たちは、設置している自治体の教育委員会とか或はそこの住民とか、校長とかという人の方を見るんじゃなくて、都道府県の方ばっかりを見ている。都道府県の教育委員会に対する忠誠心というのがあるけれども、市町村の教育委員会に対する忠誠心ていうのはない、ということがよく言われています。市町村の教育委員会側からは、そういうことを随分言われていまして。だから人事権を市町村に降ろせ、という要求が市町村からでているんですけれど、今現在は原則、任命権者というのは都道府県の教育委員会。但し、政令指定都市は、横浜市や川崎市というところは、市が任命権を持っている。ですから設置者と任命権者が一致しているケースが指定都市。その場合には設置者である自治体の教育委員会に人事についての意見を述べることができることになります。

 こういった法律上の権限と責任を持って、学校運営に参画するというような学校運営協議会。で、いわばその学校運営協議会を含んだ学校のことを我々文部科学省はコミュニティ・スクールと言い習わしています。

 で、その学校と、その保護者と地域を繋ぐ仕組みといたしましては、こういう制度上のコミュニティ・スクール=制度上の学校運営協議会の他にもいろいろとある訳でございます。

 類似の仕組みとして既に学校運営協議会の制度の前に制度化していたものとしては、学校評議員制度ていうのがありました。学校運営協議会というのは、まだ学校数少ないんですけれども、学校評議員の方は、今、大部分の公立の小中学校にも入っています。

 それから、学校運営協議会と類似の機能を果たしているものとして、これは予算事業としてやっている訳なんですけれども、学校支援地域本部事業です。これは、運営に参画するのではない、教育活動に協力する、という仕組みであります。

 それから、学校評価っていう、これも、今、全ての学校でやってくださいね、ということで、法律上なっておりますけれども、その学校評価の一形態として学校関係者評価っていうものも重視して行ってる訳ですが、要するに、学校ステイクホルダーとして、保護者だとか住民だとかという人たちが、その学校のガバナンスについて評価をする。こういう仕組みを導入して欲しいっていうことです。その場合の学校関係者評価の母胎、学校評価委員会というのが作られるケースがある。これも、コミュニティ・スクール=学校運営協議会に類似している。

 実は、要するに学校と地域を繋ぐようないろいろな取り組みというのも文部科学省でもあっちこっちでやってます。文部科学省ってそんなに大きな役所ではないんですけれども、その中のあっちでもこっちでもやっている訳です。

 コミュニティ・スクールというのは、初等中等教育局がやっています。学校支援地域本部というのは、生涯学習政策局がやっています。生涯学習政策局の中でも学校支援地域本部を担当している所と、放課後子ども教室を担当しているのが別の課なんです。学校支援地域本部を担当している課が、偶々PTAの事を所轄している社会教育課です。学校評価っていうのも、コミュニティ・スクールとはまた別のところで初等中等教育局ではありますけれども、別のところで担当している訳です。

 学校と保護者や地域を繋ぐっていうことが、非常に大事なテーマなんですけれども、その為の取り組みっていうのは、いろんな側面からあっちこっちでやっている。文部科学省の中でもですね。それが1つになっていないっていう問題がございます。

 コミュニティ・スクールっていう狭義の、狭い意味での制度上のコミュニティ・スクール、つまり学校運営協議会っていうのは、あくまでも学校の運営に関する意思決定に対して意見を言ったり参画する、そういう仕組みであって、日常の教育活動に協力する、参加するということは、本来的には想定されていないんです。

 そういう機能はむしろ、学校支援地域本部の機能だというふうに文部科学省は考えている訳ですね。しかし実際のコミュニティ・スクール、学校運営協議会というのは、日常の教育活動に参画する、学校の教育活動に参画するという機能も持っているし、それから、学校と隣接するところで、学校とは別に、場所としては学校を使うかもしれませんけれども、学校教育とは別のところで、子どもたちに対する教育活動や体育活動や交流活動といったものを支援する、放課後子ども教室の機能を持っているっていうこともあります。

 そういうもの全部をひっくるめて、一般的にはコミュニティ・スクールだと思われている。制度上のコミュニティ・スクールっていうのは実は学校支援地域本部の、つまり地域の人たちが学校教育に参画する、協力する機能。それから放課後子ども教室、学校の外で子どもたちに様々な体験をさせる学習活動をやっている。学校の外っていうのは、制度上の外っていう意味ですね。物理的には学校の中かもしれないですけれども、そういうのも全部ひっくるめて、コミュニティ・スクールっていうふうに、一般的には意味されていると思います。

 コミュニティ・スクールは、本来的には、制度上はですよ、学校管理運営の意思決定に参画するという仕組みなんですけれども、いきなりそれを導入しては失敗すると思うんです。で、また、そういうことを恐れていて、教育委員会や校長さんたちはコミュニティ・スクールという仕組みにネガティブなんです。

 日常的な協働関係、信頼関係がないところにいきなり運営だけに参画すると、運営するという仕組みを導入したら、そこは、もう、何て言いますか、まあ、失敗は目に見えている。従ってこの学校運営に参画するという学校運営協議会の様な仕組みを設けるためには、その前に、学校・保護者・地域との協働関係・信頼関係を作って来なければならない。

 こういった観点からですね、あ、10分間か。で、「スズカン」って言ってますけれども、私どもの上司である副大臣で鈴木寛という人は、先ずは放課後子ども教室を開くところから始めて行く、つまり、学校にいきなり入って行くんじゃなくて、学校のそばで、学校の子どもたちと同じ子どもたち、学校に居るときは児童と呼ばれますけれども、学校の外に出れば地域の子どもたちと呼ばれる。その子どもたちに、地域の大人が関わるような場を作っていく。それを偶々学校の放課後なんかに学校の教室でやっていると、教育っていうのに無関心で居られなくなる。と、こう、必ず覗きに来るだろう。覗きに来たら引っ張り込んだらいい。それで地域と学校との関係をそういったところから作っていって、一定の関係ができたら今度は、地域が学校の中に入って行くという学校支援地域本部を作っていく。そうやって、学校の中に地域の人たちや保護者が入ってきて、それについて教職員が違和感を持たないようにですね、できたら、それを広げていって、その上で学校運営にも参画するという学校運営協議会というものを作って行ったら良いんじゃないか。こういう段階を経て作っていくのが良いんじゃないかっていうことです。

 現実にも放課後子ども教室というのは平成22年度予算事業費の上では9,978個所となっています。小学校区で大抵作ることになっています。で、学校支援地域本部というのは中学校区単位で置くってなっていますけれども、3,645箇所。放課後子ども教室に比べると3分の1ぐらいの規模です。

 コミュニティ・スクールとして指定されている学校、これは今年4月1日現在で629校ですね。今後、指定が予定されているっていうところが、218校あるんですけれども。未だ未だ1,000校に達しない。まあ、そんな状態です。

 放課後子ども教室の数の3分の1くらい学校支援地域本部があって、学校支援地域本部の数の4分の1から3分の1くらいコミュニティ・スクールがあるっていうことです。

 ま、そういう段階で、進めていくと良い感じの地域と学校の関係が出来て行くんじゃないかっていう、そんな感じがございます。

 とにかく、都道府県の教育委員会は、基本的にコミュニティ・スクールに対しては敵対的とは言わないまでも、消極的か無関心か。で、市町村の教育委員会の中にはもの凄く熱心なところと、都道府県の教育委員会と同じ感覚というところもございます。
 コミュニティ・スクールは結構増えたっていいますけれども、市町村で行くと82市町村しかやっていない。1700以上ある市町村の中で82しかやっていない。つまり1つの市町村でガバッとたくさんの学校を指定していますから。京都市とか世田谷区とかですね。そういうところでガバッとやってますから、数は増えているんですけれども市町村数は増えていないんです。つまり、やる気のある市町村とやる気のない市町村との違いが非常にはっきりしています。

 で、先程申し上げたように、やっぱりその、コミュニティ・スクールっていうその意思決定にまで、学校運営の意思決定にまで地域住民や保護者が参画するという仕組みを作るためには、その前に、協働関係っていうのが出来ていなければいけないっていうことなんですけれども、そういったものが地域の中にある教育力のようなものを引き出していくっていう人がどうしても必要になって来る。
 ソーシャルキャピタルっていうものは潜在的にはあるはずなんですけれども、それを顕在化させる人がいなければ、それは本当の社会関係資本と呼ばれるものになり得ない。その為の仕掛け人、或は繋いでいる人というのが非常に大切で、そういう人が、ピッタリとそこにいた場合には大成功する。で、それが上手く行かないと、失敗する。
 まあ秋津の場合にはやっぱり、岸さんと思いますね。こんな人がこう、1700人居れば全地区、日本中の市町村に出来るんでしょうけれども、なかなかこういう人はいませんよね。

 それでですね、そうやって実は今、放課後子ども教室だ、あっ、あと5分か、はい。学校支援地域本部だ、学校運営協議会だと別々のところでやっているんですけれども、スズカン、まあ我々あの親しみと尊敬の念を込めてスズカンと呼んでいるんですけれども、副大臣ですけれどもの発想では、将来的には1つのものになって行く。我々はそう思っているんですけれども。
 で、1つになって行く姿を地域コミュニティ学校と呼ぼうという方向になっているんですけれども、これも今のコミュニティ・スクールと紛らわしくてですね、もっと違う名前がないかなと思っているんですけれども、こういう地域コミュニティ学校っていうスタイルのものを想定して行こうと。

 で、学校と地域、それから家庭というものがクロスオーバーして融合していく、そういうまち。学社・家庭融合ですね、そういう形を想定して行こうと。で、家庭の教育・家庭の子育てといったものに対する支援を重要な要素として加えていこうと。そういう姿を将来的に展望している訳ですけれども、そういうものに近づけて行くには未だ未だ時間が掛かると思いますけれども、地道に学校支援地域本部ですとかコミュニティ・スクールといったものを続けていこうと。

 今は、小中一貫教育っていうのが結構広まって来ているんですけれども、これも都道府県教育委員会っていうよりも市町村教育委員会、市町村の中から出てきている発想です。
 で、小中一貫教育ってものとコミュニティ・スクールとは親和性があります。子どもの育ちとか、学びとかっていうものをトータルに捉える。で、周りの大人が協力して行こうってことで。小学校・中学校はもう一番そばにいながらですね、実は連携していない。お互いの中に聖地と思っているところがあってですね、そこを繋いでいくっていうのが。それは小学校が中学校に対して、中学校が小学校に対して開いて行くっていうのは、先ず地域に対して開いていく前提としてなければいけないということです。小中一貫教育とコミュニティ・スクールとは親和性があります。

 更にいえば、幼・小・中ですね、或は幼稚園がない所では保育所と小中との連携。そういったものもコミュニティ・スクールと親和性があるだろう。幼・保・小・中の連携、それから学校・家庭・地域の連携。こういったものが結局子どもの育ちと学びを地域社会全体として、地域ぐるみっていうのが一番いい表現でしょうけれども、地域ぐるみでトータルに支えて行こういう。そういう取り組みがこれから基礎固めを。そうすると、幼・保一体化とか一元化とか言っているものがあるんですけれども、教育と児童福祉っていう世界も融合していかなきゃいけないっていうことで。

 もう既に幼・保一体化というのは、政府としてその方針で行くんだっていうのが決まってるんです。来年の通常国会には幼・保一体化という法案を出すってことが決まっているんですけれども、実は何にも検討できていないんです。どうやったら一体で行こうよって言ったら一体で行くんだ、というふうに考えてもらえるのかですけれども。その場合、保育所を教育委員会の中に移すっていうのが結構増えて来ているんです。 

 この前、白川村っていうところ、岐阜県の白川郷にお邪魔したんですけれども、あそこに白川村教育会っていう教育者関係者が集まっている団体がありますけれども、そこは中学校・小学校の教員だけでなくて保育所の保育士さん達もみんな入っている。元々小学校へ行く子とか中学校へ行く子の保育所が2つしかないんですけれども。
 むしろこれは、ゼロ歳から15歳まで市町村単位で、あるいは市町村の中学校区単位で、子育て・教育を立体的に取り組んでいくっていう、そういう体制作りをしていくっていうのがこれからの、我々行政の課題としてあると思っています。

 まあ、そういうことでですね、コミュニティ・スクールにつきましては、今後更に発展するかたちを目指して、但し、あまり無理をしないでですね。トップダウンでやると、これは失敗する。市区町村の中でもトップダウンで指定してあんまり上手く行っていないっていうところもあります。やはり、日常的な関係というものを地道に作っていって、その中に、人々が歓びを見い出すという中から制度のかかったコミュニティ・スクールっていうのが出来るんだろうなと、そんなふうに思っています。では、私の話はこれで終らせていただきます。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 10:09| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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