2010年10月07日

上月正博氏発表

「熟議カケアイ」についての説明と提案
文部科学省生涯学習政策局政策課長
上月正博

 みなさんこんにちは。
 私は文部科学省生涯学習政策局の政策課長で上月といいます。寺脇さん流に言うと、文科省のゲリラ部隊的な局が生涯学習局でございまして、コミュニティ・スクールについての見方も初等中等教育局担当の前川さんとはちょっと違うかなーと思っています。スクール・コミュニティづくりが大事だと思っています。
 
 これから申し上げることは、今日、それぞれテーマがいろいろ出ていましたけど、これらのテーマを繋げ、対話・協議をしていくための1つの大きなツールにして戴きたいなと思っております。

 私ども、この4月からですね、「熟議」っていうのを進めています。熟議というのは、それぞれの当事者がですね、何々課長だとか何々校長だとかっていうんじゃなくてフラットに討議をし、お互いに学び合い、まさしく生涯学習を行い、地域課題を解決するという1つの手法でございます。で、これについて私どもは、例えば、スクール・コミュニティを作っていく手法として大変に有効じゃないかと思っています。
 それからもう1つは、これからの政策形成において中央教育審議会だけじゃなくて、政策プロセスとしてですね、この熟議というものを活用し、ネット上でテーマを設定して皆様方のご意見いただいて、それを政策形成プロセスに乗せて行こうという「ネット熟議」をやっています。

 コミュニティ・ソリューションの手法として、また政策形成のプロセスとしてという二つの熟議を進めております。スライドの右側の方が、ネット熟議で「熟議カケアイサイト」の画面の一部を示したものでございます。左側が「リアル熟議」を進めていくきっかけとして、イベント的に実施したものの様子でございます。
「熟議」に基づく教育政策形成の取組
(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 次のスライドは、ネット上でのコメント数とか、これまで実施した熟議のテーマを示しております。3ヶ月で1万件くらいのコメントを戴いておりまして、例えば、1番上の教員をテーマとしたものについては、3000件以上のコメントが集まって来ましたが、その意見は全て見えるようになっており、さらに意見のやりとりが行われています。また、出された意見を整理してまとめていくことも、事務局でまとめ案を提案しつつ、これについても意見もいただきながら更に整理して提案書として政務三役に提出しました。また、現在、中教審で教員の資質能力の向上についての検討が特別部会で行われていますが、そこにも提案書を提出して、審議の参考にしています。
「ネット熟議」(「熟議カケアイ」サイト)の運営状況

 その外にも、いろんなテーマについてそれぞれ、例えば、ある場面ではこちらから政策案を示してご意見のやりとりをいただいたり、あるいはテーマについての現場での問題状況についてご意見いただくなど、いろいろな形でやっております。

 もう一つの「リアル熟議」の方がより一層、皆様でこれから実施していただくことを期待しています。例えば、学校の周りでいろんな問題がございます。子供に対する教育・学習についてどうしていくか、という課題。或は、学校の中の先生方と保護者との関係や、地域との関係をどうして行こうかなどの様々な問題が学校という場に於いて起こっていると思いますが、そういったことについて当事者が集まってですね、フラットに議論する熟議を進めていくことを期待しています。

 熟議が上手く行われるポイントは、テーマの設定とファシリテーターでございます。ファシリテーター、簡単に言うと熟議の進行役ですが、参加者が気楽に率直に発言できる場作りをする役割として大変大切でございます。

 それから、議論を見える化するということでございます。このスライドには模造紙があって付箋が貼ってありますが、出た意見全部を付箋に書いてどんどん出して行きます。同じような意見や様々な意見を見える化することによって客観的に整理しやすくなります。これにより、議論をある意味で効率化することができます。
「リアル熟議」の展開

 それからまとめについても皆で一緒に模造紙に貼られた付箋を見ながらやって行きます。これは横浜での例でございます。熟議は一回で終らせるのではなくて、次にオンライン上でやるとか、或は今度は他の関係者間で開催するとかと展開をしていくことが大切です。

 詳しくは、私どもの「熟議カケアイサイト(※http://jukugi.mext.go.jp/」を見ていただければと思います。検索エンジンで“熟議”と入れてもらえば、上位に私どものページが入ってくると思います。

 このサイトでは、各地で「リアル熟議」を行う際の参考になる虎の巻もあります。熟議をする現場で円滑に進めるためのガイドであります。このようなサイトや虎の巻も参考にしていただきながら、是非、今日のテーマについてですね、引き続き皆様方の現場で熟議していただきたいなと思っています。
「リアル熟議」開催を促進・支援

 そう言ったことで、皆様方の対話や討議をつないでいく手法として、熟議ということを是非、頭の中に入れてといていただければ幸いでございます。私からは以上でございます。よろしくお願いいたします。

(モデレータ早川氏:はい、少ない時間で大変にありがとうございました)
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 14:29| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

川端裕人氏発表

PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道は可能か?

作家・公立小学校PTA元副会長
川端 裕人

 僕はPTAと関わりまして、長男が中一なんでかれこれ7年目。割とコミュニティ志向で、地元・地縁大好き、子縁大好き、にもかかわらずPTAの運営に大いに疑問を持ってしまったがゆえに、矛盾を自分の中に抱えてしまい、いろいろ取材をして雑誌に書いたり新聞に書いたり本を書いたり講演をしたりしつつかなりPTAについて濃厚な時間を過ごしてきました。本部役員経験も一年と半分くらいあります。

 PTAの活性化によるコミュニティ・スクールへの道は可能か? というタイトルをとりあえず書きました。これは、新しい公共宣言の中に出てくる言葉をそのまま採っているんですね。それなりのアイディアが公共の円卓会議にはあった、実際にあるという風に認識しているんですけれども、現状のPTAのまま活性化してもむしろ悪手であろう。末恐ろしいものがあるという話を今します。

 現状のPTAの問題点というのは本当に沢山あると思うんですけれども、義務的な参加が定着し、みんなやらなきゃいけないものと思っていて、事業の整理が本当に困難です。例えば、なんとか委員会の名前を変えるだけ、広報誌の名前やロゴを変えるだけで、1時間2時間語り合うなんて恐ろしく非効率なことがよくある。
価値観・ライフスタイルの多様化にかかわらず参加が義務化されているために、やっぱりいろんな軋轢が生じる。僕はそれをPTA悲劇と呼んでいますけれども、これをPTA被害というふうな強い言葉でいう人もいます。いずれにせよ、僕はこれはかなり人権問題的なレベルまでに達しているケースが全国津々浦々であるんじゃないかと想像していますし、沢山耳にしています。

 ところが、PTAを経験した人が地域社会の諸々の役割の担い手になっている、PTAはその苗床になってきたというのは間違いなく事実です。それはPTAのいい所なのかもしれない。但し、PTAの諸々の問題点を克服して自分でなんとかそこでサバイバルできた人たちのみがそこに巣立っていく。ひょっとしたら極端な話、目の前で起きている人権問題に無関心であれた人が生き残れたのかもしれない。或はそれに心を痛めながら、自分がなんとか頑張れば、他の人が楽になるんだっていう気持ちで役員をやり続けた人もいることを知っています。けれども、巣立つ人たちよりも、もっと多くの意欲のある人を学校から遠ざけているのも事実。今のPTAでサバイバルできるある特定の傾向を持った人だけを地域社会に供給し続けてしまう問題点があると思っています。

 何故こんなことを考えるようになったかということなんですけれども、自分の体験だけでなくていくつか調査があります。まず、2009年5月に産経新聞で出たPTAアンケート。655名だけの回答で、おまけにインターネットで募ったものなんで、どれほど信頼性があるのか分らないですが、PTAは必要と思うという人が58%。子どもの教育や親にプラスだと考えた人が52%。組織改革を何か行うべきだっていうのが実に95%に達したと。
 いずれにしろ、これはネットアンケートです。参考程度に、ということで次に進みます。

 教育支援協会が文科省の委託事業という形で採った2009年のアンケートは、回収が3285枚で役員経験者630枚と、かなり本格的なものです。そこで「PTA組織が必要だと思いますか?」といいますと65%の人がイエスと答えた。

 でも委員会未経験者に「引き受ける予定ありますか?」って聞いた所、「積極的に引き受ける予定がある」が8%、「なにか事情が有ればやりますよ」みたいなものを足しても過半数満たないくらい、っていうふうな結果。

 さらに委員会経験者向けに「委員を引き受けてどんな良かったことがありますか?」って聞きますと、トップ2が「学校の様子がよく分った」と、「知り合いが増えた」。これ分る気がします。で、同じく、「困ったことはなんでしょう?」と聞いた所、「時間のやりくり」と「人間関係」がトップ2に出てくるんですね。

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(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)
 駆け足ですけれどもまとめます。「必要である」が65%いるのに、委員を引き受ける予定のある人が8%しか居ない。何らかの事情があれば36%の人が引き受けてもいいと考えていると答えているんですが、まあ、これは必要とされているのと実際にやろうという人の間に非常にミスマッチングがある。何でここまで大きな差が出てきちゃうんでしょうか。

 引き受けてよかった理由として「学校のことが分った」、「知り合いが増えた」と、それぞれ3割以上の人が言っている訳ですよね。これは非常に大事なことです。僕もこれ、PTA活動を通して、実際に知り合いは増えました。学校のことも以前より分る様になりました。ただ、丸くなり過ぎちゃったところもあって、逆に反省する所もあるんですけれども。こういうスクール・コミュニティを作って行くっていうところで或る一定の効果があることがここで良く分ります。

 でも、一方で大変だったことっていうのが、時間のやりくり54%、これは委員経験者に聞いてますので、いわゆる本部役員、会長・副会長・書記・会計っていわれるような人たちはもっと大変な筈です。もっと苦労していると思います。あと、人間関係は18%。これは、人間関係の調整っていうのは誠に難しい、それが顕著になるのがPTAだっていうのが本当に良く分るんですね。で、引き受けて良かったことと大変だったことっていうのの、大変だったことの方がより大きいから、上でいう究極のミスマッチングが起こるのだろうと、簡単に僕は考えます。

 じゃぁ、時間のやり繰りが大変ってどのくらい? っていうのは個人的体験を話します。不思議なことにPTAこれだけ大変大変って言いながら定量化しようとした人がこれまでいなかったんですね。自分は副会長をやっていたんですけれども、毎日毎日メモを取って何時から何時まで校外の会議に出て、何時から何時までは学校で打ち合わせして、っていう風な記録をとりました。ここに出ている数字っていうのは、家の外に出て、会議に出るとか話し合いに出るとか、行事に参加した時のものです。で、家に帰って来てから、こういう企画はどうだろう、こういう事をやったらどうだろうみたいな企画書を一所懸命書いていたんですけれど、それは一切加えてありません。あと委員や役員をやったことある方だったらご存知でしょうけれど、「誰それさんがこんなことを言ってくるんだけれどどうすれば良い?」とか電話がかかって来るんですね。それがふと気づくと40分も50分も下手すりゃ1時間も話すことになるんですけれども、そういうのも入ってません。
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 で、実際に年間で166日間何かの行事や会議に出て行く日があって、そして403時間もそれに拘束された、と。2学期の辺り、これ赤で書いている部分が2学期なんですけれど、行事が多いからやっぱり大変なんです。学校行事に連動してPTAも協力するものですから。運動会には、運動会係があるから役員は暇だろうと思もっていたんですが、決してそんなことは無くて、当日忙しい運動会係が『先に場所取りしていいかどうか問題』を延々と話し合わなくちゃいけなくて、副校長からも「そんなの勝手に決めてよ」とか言われちゃうみたいな、そういう風な悲しい経験もあったりします。行事が増えると、事務局の機能も大変になって行きます。

 自分の役員生活の話に戻りますが、これまぁ、凄い大変な秋だったんです。2学期には34日週末、つまり土日があったんですが、その内17日にPTAに出なきゃならず、2週連続土日が潰れたことが2回ありました。つまり4連続で土日に出ている訳ですね。
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 これは決して、珍しいことではなくて、今のさっきの表と、このへんの周りの予定表を見せた人たちで、「え〜っ!」って驚いた人は役員経験者では少ないです。殆どは「ふん、ふん、」っていいます。で、これよりも多かったっていう人も居ます。これまで、1人だけ、私は100時間で済んだって言った人を知っているんですけれども、そこはPTAをサークルで回しちゃうっていう、面白いとこなんです。

 以上、ひと言でまとめますと、激務です。子どもたちのケアや自分の仕事に大きな穴が実際にあきました。特に2学期は健康にも影響したと思います。PTA依存ともいうべき心理状態になったような気もします。つい不安になって学校に入り浸りしてしまったり。人間って、自分がやっていることって否定したくないんですよね。PTA活動について「無理めの前向きな肯定感」みたいなものを抱いていました。それが結果的に現状を温存するようなメカニズムに直結するんだなあ、と感じました。
 僕は、自分が執行部にいる時に、PTA悲劇が起こらないように十分努力したいと思ったんですけれども、やっぱり自分もそれに加担しているんですね、後から考えてみると。自分が頑張れば頑張る程。自分が何か議論をすれば、それだけで誰かを傷つけたり、誰かが否定されたと思っちゃう。そうすると自分も削られるし相手も削られるっていうすごく厳しい現場になっちゃうんです。

 だから、僕は本当に少なくとも変えようといういろんな努力をしたんですけれども、本当に変えるんだったら一気に! マイナーチェンジはむしろ現状を下支えしちゃうなぁ、と今は思っています。本当はやりたくないのに、義務としてのみ参加するんだったらむしろ逃げ切る方が誠実かもしれないと考えるようになりました。

 取材して本を書いたり、PTA研修の講師なんかも経験させていただいて、おそらくは100校を超える学校のPTA役員さん、あるいは一般のPTA会員さんと話をする機会を得て来たんですけれども、自分が体験したり目の当たりにしてきたことは、全部あちこちで起こっているんだなぁ、っていうふうに思いました。「あなたが言っていることは絶対に違う」っていう人にはこれまで1人も会ったことは無い。で、逆に「はじめて言葉にできてよかった、」と言ってくれる人の方が多い。
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 こんなPTAが活性化すると、コミュニティ・スクールに繋がるのか? 余りにも無理があります。今だって活性化しているんですよ。これだけ忙しくてみんな働き蜂のように働いているPTA。活性化にも程があると言いたい。

 実をいうと既に多くの改革が試みられています。
 みんな業務が多いから大変だと思っているんですね。じゃ、それを皆で分担すればいいじゃないかっていう発想に行くんです。

 たとえば、一人一役制、全員に役割を割り振る。という制度なんですけれども、これを僕の知っている或る会長さんが10年位前に導入したんですね。で、その会長さんが、この前、ひさしぶりに学校に尋ねて行ったら、一人一役も最初の内は上手く回っていたんだけれど、最近では役に就いているのにそれでも逃げ切る人が出てきてしまったので、残念ながらペナルティを課す事にした。「その人たちに何させるの?」って聞いたら、学校の掃除に使う雑巾を供出せよ、と。実際、雑巾出してくるらしいんですけれども、その雑巾っていうのは最近はみんなダイソーで買ってくるって言って嘆くんです。で、それを聞いた元会長さんは、その瞬間に目の前が真っ暗になって、皆が気持ちよく、やりやすいように活動に参加しやすいように始めたことなのにこうなってしまうんだな、人を追い詰める仕組みっていうか、人に不信を植え付けるようなものに変質して行ってしまうんだなと、絶望してしまったというのを聞きました。

 あとポイント制度っていうのは、ご存知の方もいると思うんですけれど、役員やったら何点とかポイントを付けていって卒業するまでに何点貯めましょうね、という制度です。でもこれも結局やりたくない人とか、やらない理由がある人は、確信犯でやりませんから、僕の知っているあるPTAでは、半分達成者は名札に銀のシール、全部達成した人には金のシールを貼り付けようって議論していました。幸いそれは却下されたらしいんですけど、それだけで2時間紛糾したそうです。っていう風に、どんどん・どんどんキツクなって行きます。これも活性化案なんですよ。

 学校運営協議会委員の保護者枠にPTA会長を任命するケースが極めて多いと思うんですけれども、ここまで多忙を極めちゃっている人たちに、学校のガバナンスの勉強をあらたにせよって言ったって無理です。多分効果的なガバナンスが出来てくるのっていうのは、よっぽど恵まれたところだけだと思います。

 結局活性化っていうのは何なんだろう? という部分で僕は疑問を持つに至ってしまっています。PTAって、学校に保護者が関わる唯一無二の道なんでしょうか? 全員参加を前提としたPTAは凄く不自然で、もっと多様な関わり方を含めての活性化だったら、いいなと思う訳なんですね。

 誰もが下を向く役員選びの「無言地獄」と僕は呼んでますが、これは人生最悪の非民主的会議体験です。こういう会議っていうものを当たり前のように体験した大人たちが、どういう風な社会を担っていくんだろうかって、PTA会員って常時1千万人いるんですからね。直接携わっている、お母さんだけってカウントしたとしても。夫婦で両方をカウントしたら2千万人がPTA会員だっていう現実の中で、この無言地獄・非民主的会議体験っていうものは我々の社会に深い深い刻印を押してしまっているのではないかって懸念します。

 そこで僕は、今年実験的にPTA会員を辞めてみました。今、会員じゃ無いんです。それで初めて気づいちゃったんですけれど、新年度に保護者会有りますよね。僕はPTA会員ではないので、委員決めになると出て行ってくださいって排除されちゃったりするんですね。その時に、はっと気づいたんですけけれど、新しい先生のこと知りたいのに先生の自己紹介と学級運営の方針の説明がわずか5分。「その後委員決めに何時間掛かった?」って友人に聞いたら「2時間掛かった」そうです。担任と保護者の間のファーストコンタクトである新年度の保護者会っていうのはこんなんじゃいかんだろう。もっとちゃんとみっちり話して、お互いの信頼感を増した方が教育効果は上がるだろうな、なんて思っちゃいました。

 あと、悲劇の話もしますと、『仕事は理由にならない』っていうのは最早常套句と化していますし、介護・病気やプライバシーの問題を半ば強制的な雰囲気の中で「私はこうだからできない」って言わなければいけない。そしてその中で、特に僕が特に心を痛めているのは、メンタルな病気です。目に見えないものですから、診断書出せって言われる人いるんですよ。それどころか、言われる前に自ら診断書持ってっちゃう人すらいるんです。っていうくらいの大きなプレッシャーを主に母親に与えているっていうような現状。
 さらに、会長や校長からのパワハラも起こりえます。意を決した退会者の子供が差別を受けることもあるようです。そういうのはよく善意の形を取るんですね。「あなたが辞めるとあなたのお子さんが差別されないか心配だな」とか、「そうなっても私達は責任を取れない」と役員がいうとか、善意の形を取りつつ、実は脅迫みたいな状況。

 僕はここで声を大にして言いたいんですけれども、日PをはじめいろいろなレベルでPTAの連合体の活動は、見直すべきです。これまでいろいろなレベルで連携ですとか、社会調査ですとかをして来ている訳ですね。日Pなんかですとテレビの『見せたくない番組』を毎年発表して、新聞紙面を賑わせます。けれど、そういったことを、頑張るよりも、PTAっていう団体で普遍的に起こっているこういったことと真剣に向き合ってくださいませんか?それやらないと、集まっている意味無いよ、って僕は思います。ほんと、人権擁護の観点からヘルプデスクを設置して欲しいくらいですね。ちゃんと法律の知識が有ってメンタル方向の知識もあって、なおかつ社会教育団体の実際にも詳しい人に相談するなんて一つの学校のPTAの限られた組織では出来ないですから。ある程度スケールメリットを見込める連合体でこういったヘルプデスクの設置をすべきなんじゃないかと本気で思ってしまいます。

 何故、現状になってしまったかという一つの原因として、本部役員の50%が入退会の自由の事実を知らないことがあると思います。教育支援協会の調査なんですけれども、一般会員ではなくて役員経験者が知らないんですよ、本部役員が知らなければ、もうしょうがないですよね、一般会員が知るはずも無い。で、PTAは任意なのにほぼ全員が入っている理想的な保護者団体として扱われちゃっている。非常に困ったことです。

 実をいうとこの辺、文科省も気づいてくれているようで、平成22年4月26日に事務連絡が出ています。PTAは任意の団体なので文科省が特にああやりなさい、こうやりなさい、なんていうことができるはずがないし、しちゃいけないですね。でも文科省は優良PTAを表彰するという仕組みを持っている。じゃあ、どういうPTAを優良PTAと認めるかっていうような段階で、今年こういう風な通達が。『PTAが任意の加入の団体であることを前提に、組織運営や活動内容の工夫をしている団体を適切に評価してください』と通達されました。ですから、これから表彰されるPTAは全て任意の団体であり、自由な入退会が出来ることを、ちゃんと会員が知っているところが表彰される、筈なんです。
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 が、何かあの、すばらしく執念がある人が居て、一所懸命全都道府県の教育委員会・教育庁に電話してくれました。さっきの事務連絡は都道府県レベルに宛ててますが、それを市区町村の教育委員会に送っているか。青が周知している。水色が送っている。で、赤は、ダメですね、送付に消極的。こういう風な色分けができました。周知している青は素晴らしい。でもなぜか市区町村の教育委員会に、事務連絡を送らないんですね。PTAは任意の団体なんて当たり前なんだから送らないっていう風な意味だそうです。だから、あの、水色の送っているっていうところが増えたらいいですね。
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(※Think!PTA!より)

 結論として、今の日本地図なんかを見ても、文科省は知っているし、各都道府県・市区町村の教育委員会とか知らない訳ないんです。大抵社会教育関係の主事さんが居て、PTA担当者になってますので、知らない訳は無い。で、保護者だけが知らないんです。ここで、どんどん一人一役とかポイント制などとか導入されて違う方向に進んで行ってしまう。で、こういう風にPTA悲劇が繰り返されていく。

 僕はそれで、個人的に『PTAサークル化計画』というのを提唱しております。任意の加入・退会の自由をちゃんと周知しよう。必要な委員会って、結局学級PTAだけじゃないの? 学級で話し合いが持てれば他の事ってその次の問題だよね、と。
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 例えば広報委員会とか家庭教育委員会とか文化教養委員会とか、いろいろあるんですけれども、希望者が居なければ今年はお休みって腹を括っちゃっていいじゃん。広報誌が無くたって家庭教育学級が無くたって、急に子どもは不幸にならない。校外委員会のパトロールも有志に任しちゃっていいじゃん。安全神話が崩壊したなんて言われますけど、日本は未だに世界中で最も安全な国の一つです。小さな子どもが害を加えられるのは、肉親・知人の方がまったく知らない不審者よりずっと多いです。パトロールやっている暇があったら、家庭のコミュニケーションを大事にしようよと心底思います。

 PTAはまず、クラスごとの担任教師と保護者の共同体として機能させようよ。そこから、コミュニティって始まるんじゃないの? みんなにプレッシャー与えて、むしろ学校から遠ざけちゃうよりも、みんな来やすくて、そこに暖かいコミュニティがあって、クラスの子どもたちを見守れるっていうところから始めようよ。正直学級委員すら出ない場合もあるかもしれない。そうしたら懇親係くらい決めて、PTAの運営委員会に欠席しちゃったっていいじゃない。ここまで来たらなんか、学級PTAではなくて、学級保護者の集いって言っちゃったって良いかもしれないですけどね。

 役員すら空席で良いんじゃないかと僕は思っています。事務局機能だけが有れば良い。つまり、会長・副会長はいらないということです。会計と書記さんがいれば、後はいいよ。それさえ選べなないんだったらば、資産を整理して一旦休眠しても構わないんじゃないかな。お金、持ち過ぎているPTAは、逆にそれに縛られます。代表者が居なければP連もお休みになりますので、とても楽になりますよ。更に自分の子どもの為になるサークル活動してみたら? 学級通信サークル、読み聞かせサークル、陶芸サークル、美術サークル、何でも良いんです。そこからコミュニティが始まったらそこから学校に保護者を呼び込むことが出来て、スクール・コミュニティや学級コミュニティが出来て、さらに広がっていくものがあるだろう。っていう風なことをPTAに悩んでいる人に、『PTAサークル化計画』として提唱しております。

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 今終りマークが出ましたんで、ここから先は午後のディスカッションで言いますが、今のこの時点で僕の結論は、私達の明日の社会の為に──
 PTAはモデルチェンジできますか?それとも、一旦やめる?
 です。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 22:48| フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮澤美智子氏発表

保護者の視点から見た 家庭・地域・学校の連携とPTAの力
〜世田谷区のPTA活動の例〜
世田谷区立小学校PTA連合協議会元会長
宮澤美智子

 私は今日のテーマを保護者の立場から、元PTA経験者としてまとめさせていただきたいと思います。会場の皆さまの中で、PTA活動をなされた方は、私もそうでしたけれども始めから新しい公共とか、そういう高い視点で考えていた訳では無かったと思います。しかし、私自身、振り返ってみますと、学校や地域と一緒に行っている日々の活動は、まさに家庭・学校・地域を繋ぐ要(かなめ)となっており、PTAはその中心に位置していることに気づかされます。

 どうしたら現実にPTA活動をすることによって、地域社会の人々と関わり、保護者の思いを学校教育や子どもたちの育ちに反映させて行くことが出来るのでしょうか?

 世田谷区のPTAが地域社会の中で、学校と力を合わせて子どもを育てていく例をご紹介しながら、現在の公共という今日のテーマですけれども、その可能性をご一緒に考えて行きたいと思います。

 始めに、簡単に『PTAとは』という一般的なことを、私自身の経験から思いを交えてお話させていただきます。今日はベテランの方が多いようですので、ちょっと今更という事が有るかもしれませんけれどもお赦しください。それに続きまして、2つの事例をご紹介させていただきます。

 PTAはご存知のように保護者と先生とが子どもの教育に関して協力していく組織を指していますが、実際に活動を進めているのは構成員の大部分を占めている保護者でございます。スライドの画面をご覧ください。家庭教育、学校教育、地域の教育活動という中で、保護者の立ち位置を示しています。
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(※ご覧になり易いPDFはこちらにございます。)

 保護者は学校に子どもを通わせ、家庭での教育に携わり、地域活動に関われる、どの教育活動にも関われる可能性を持っています。今日見られる様々な子どもの課題に取り組んで行くには、学校だけでも家庭だけでも十分ではありません。そこに住んでいる人たちで一緒に解決を図るという意識と人々との繋がりが求められています。

 我子が通う学校との関係を考えてみます。学校へ足を運ぶと集団の中での子どもの様子が分り、教育活動をする先生方の思いや工夫を知ることになります。そこで保護者同士、保護者と先生で情報を交換したり意見を述べあったりする事ができます。家庭での子どもの悩みを打ち明けたりする場合もございます。

 地域との関係はどうでしょう。地域活動に参加している子どもは、家に居るときと違った顔を見せます。家庭では分からない課題に気が付く事もございます。保護者自身が学校や地域に目を向け、足を運び、子育ての悩みを率直に話し合い、学び合う事はとても重要です。そこで保護者も、実は支えられているのです。

 保護者は家庭・学校・地域を行き来することによって、人と人とを繋ぎ、地域で顔の見える名前の分かる人間関係を繋げていくことができると思います。

 父母と学校の協力関係の会が、PTAという名前で呼ばれるようになって60年以上の歴史が在る訳ですが、活動の形態や会員の参加意識、社会から求められるものは時代と共に少しずつ変わって来ています。子どものためにという目的は変わっていませんが、初期の頃の主な活動は、学校に協力することでした。学校教育がスムーズに行くための「お手伝い」だった訳です。父母会での大人の学習も生涯学習の推進としてとても大切なのですが、1960年代頃まではあまり進んでいなかったようです。

 しかし、近年では、子どもに関する新たな課題が生まれ、様々な教育改革も行われ、教育環境も変化してきました。保護者の学校教育への関心も高くなっています。それらについて良く知ること、学ぶことがPTA活動を行っていく上で不可欠なものに成って来ました。PTAは学校を中心としてネットワークを広げ、学びながら課題解決へ向けて、組織的な活動を展開していきます。対話が可能な活動の実践が要請されて来たのです。今まで学校教育は、主に教職員が運営の担い手でした。

 今、ここに、もう1つ大事な視点が必要とされて来ています。保護者の視点です。学ぶことによってPTAの活動が主体的になると、今までお手伝いだったのが、今度は保護者が自分で考えながら学校に関わって行くというふうになって来た訳ですが、要求されたお手伝いではなく、保護者の視点が学校教育に生かされ、学校と協働して行くことも可能に成って来ました。「学校運営への参画」です。赤字で書いてありますけれども。ここのところが新しいPTAのあり方かなって思っております。
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 PTAは学校教育と地域社会の教育的機能を繋ぐ力が有ると言われますが、それは次のような理由によります。青字で書いてありますけれども、PTAはこんな力があるんだよっていうところを青字で書いてあります。
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 先ず、1番目ですが、研修などを通して子どもについて、学校教育について、地域社会について学ぶことによって知識を得、理解を深めて課題に気づいて行く訳です。左の方に書いてある「学ぶ」という赤字の下の部分です。

 2番目ですが、今度右の方に参ります。「行動する」という所なんですが、教育条件整備要望。子どもの為にどんな環境がいいかということをいろいろ考えながら教育委員会などに要望して行く訳ですが、整備要望書を出したり、学校教育支援に入ったり、あと子どもの為に安全活動をしたりという多方面での活動を積み重ねることが、学校や地域社会での信頼関係を築くと。いろいろなところでいろいろな学びに裏付けされた活動をして行くことが、顔見知りになって信頼関係ができて来ると言うことです。

 で、3番目なんですが、そういうPTA活動を積み重ねるによって、お母さん同士もお話したり、自分の意見を言ったり、相手の意見を聞いたり、議論したりという、そういう力が付いて来るのではないかと思っています。PTAという組織を動かして行くという事はやはりとても大変なことで、午前中の川端さんのお話にも出ましたけれども、組織を運営する力というのもやはり冷静な判断力とか、感情に流されないでいろいろと考えながら作っていく。そういう力も知らず知らずに付いて来るのではないかなと思ってます。

 で、これらの3つの理由によって、学校教育へキチンと思いを伝え、学校・地域と共に共同して行く力になる。というふうに私は感じています。青字ですね、「学校教育への参画」というふうに思います。

 この様にPTAが地域で多様な活動を展開するという事は、いろいろな目で、多角的な視点で子どもを育てる。そういうコミュニティを作るということに欠かせないのではないでしょうか。

 次世代を担う子どもは、その学校と家庭だけでは無くて、地域社会みんなでやってくんだと。そういう認識をみんなで共通認識として持って。で、PTAとしては、保護者としては何ができるんだろうかということを常に念頭に置いて活動して行きたいと思ってます。

 現在導入されつつある、先ほどからお話が出ていました学校運営協議会制度・学校評議員制度・統合型地域スポーツクラブなどのいろんな制度が入ってきていますけれども、そこには、PTA経験者が多く関わっています。PTAのあの人が居るから学校運営協議会が可能になるんだ、と言われてスタートしたところもございます。今から新しい活動を増やすと言うことでは無くって、PTAの日々の活動を積み重ねていくことによって、学校教育への参画の力になって行くと思います。

 教育委員会についてなんですけれども、教育委員会とか教育行政っていうのは、こっちの下の方に書いてあるんですけれども、バックアップという形で下から支えるという形で、上から何かを言うというのでは無くて、私達の活動を下から支えていくという。そういう姿勢がいいな、というふうに活動している人間にとっては感じております。

 PTAは地域社会と交流しながら、社会的視点からどのような子どもを育てたいのかっていうイメージができてきます。子どもも社会の一員なんだということに気がつきますと、保護者としてこういう子どもを育てたいという事を発信していくことができます。これはもう、保護者の権利だと思います。

 教育委員会とか教育行政といわれるものが子どもを育てるのでは無くって、保護者が自分で気づいた有るべき子どもの姿、こういうふうに育てたいっていうことをどんどん発信していきたい、というふうに思います。

 そのような活動を2つばかり世田谷区の例としてご紹介したいと思います。
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 一番上の方に「公教育を保護者の視点で考える」と書いてございますけれども、いろいろと考えながら学びながら信頼関係を作りながら活動してきて、保護者の視点から教育ビジョンの様なものを作り上げてしまった。という例でございます。

 学校ではそれぞれ教育目標があり、実現を目指して教育が行われている訳です。その教育目標というのは、地域がある教育行政が定めた教育ビジョンに沿って立てられている訳です。教育の大元の部分です。教育行政のほうが「こうしましょう」って言って決めるのが普通なんですけれども、私達のPTA連合協議会は、その教育ビジョンの策定に学校と教育委員会と一緒になって、策定会議というものに一緒になって出席して一緒に作ることが出来ました。

 平成14年、完全学校週5日制が導入されたときからですが、ゆとり教育ということで、ちょっと大きな教育改革がされようとした時なんですけれども、世田谷区立小学校PTA連合協議会、世小Pと略しますけれども、区内の7000人の保護者に対してアンケート調査を実施しました。

 この、左側の方に書いてあるんですけれども四角い枠の中ですが、『保護者の視点で考える教育改革〜実態調査レポート〜』として発表いたしました。その時の分析結果が、こちらの右の方にある教育ビジョンの元になっている訳です。調査レポートは教育改革を切欠に、保護者は学校教育に対して自分達が何をすべきか考え、思いを発信して行きたいと考えて行なったものです。

 この結果は文部科学省により記者発表され、全国に情報発信されました。一自治体のPTAがこのような発表を行ったのは初めてのことだそうです。

 では、保護者が子どもに付けたい力はなにかと言いますと、このときの結果では「心豊かな人」ということで、人と自分を愛し尊重する子、思いやりのある子、優しい子、忍耐力のある子。そういうキーワードが一杯出てきたんですけれども、それらの親の保護者としての思いをこの策定会議でいろいろ言葉を考えたと思うんですけれども、その結果、ちょっとここには書いていないんですけれども「人の歓びを自分の歓びとし、人の悲しみを自分の悲しみとすることのできる子ども」という文言が、この世田谷区教育ビジョンの≪せたがやで育てる世界にはばたく子どもたち≫という一番上のところに挙げられているんです。

 これから国際社会と言われていますから、世田谷の子どもたちは世界に羽ばたいて行くんだよ、じゃあどんな子どもにしようか。ていうところで今申し上げました「人の歓びを自分の歓びとし、人の悲しみを自分の悲しみとすることのできる子ども」というふうに一番上に挙げた訳です。で、これはその先程の、保護者の実態調査レポートから出てきた分析結果でございます。

 このように公教育の方向を定める所に保護者が関わることができたのは、校長会、学校の先生方ですね、先生が区内のPTA活動に常にキチッと向き合い、その活動を認め高く評価してくださったからだと思っています。

 人とか場所とかそういう面での支援や助成金など、これは何処でもやっているのかもしれないですけれども。あとは、関係諸機関にもPTAがこんなことしているんだよ、ということをいろいろ発信して行ってくださいました。
 しかし、言い換えれば、その様に認められたということは、私達PTAが「我が子が通う地域の学校はみんなで良いものにして行くんだ」ということで学びながら質の高い活動ができたからだ、って思っています。どちらが先かっていうことでは無いんですけれども、お互いにお互いの活動を認め合い、それを三者が一体となって1つの形に出来たと思っております。

 で、ビジョンが出来た所でこれを具現化していかなくちゃならないんですけれども、やはりそこにもPTA、つまり保護者、地域の方などいろいろな方が関わって行かなければならないので、またそこでいろいろな議論がなされるのではないかなと思っております。

 しかし、今お話したようなことがいきなり出来る訳では無くって、本当に実際にPTA活動をしていくっていうことは本当に大変なことだと思います。もう、本当に細かいことから広範囲の仕事を、事務的なことから体を張ってやって行かなければならないし、初めからわからないことも有りますので、じゃあ、そういう活動をして行くには私達はどうして行くかと言いますと、1つ工夫をしていることがありますので、それをご紹介したいと思います。

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 ここに5月から3月くらいまでの1年間の流れを書いてあるんですけれども、大体PTA活動っていうのは5月ごろに始まるわけです。で、新しく役員・委員になった方は、どんな活動が始まるのか分からないのでドキドキしている状態だし、凄く憂鬱な気分になっていらっしゃる方もいると思うんですけれども。
 その人たちの不安とか疑問を少しでも解決できるようにということで、PTAの基礎知識と組織運営について、みんなで一緒に考えて、その上でスタートしましょうよというそういう研修会を行っています。

 ここで、あと10分ということなんですけれども、3分ほどお時間をいただいて、じゃあ、どんな共通理解を持つのかというところを、皆さんにお知らせしたいと思いますので、ベテランの方たちには失礼かもしれないんですけれどもちょっとお付き合いいただきたいと思います。

 ようこそ、PTA活動へ。皆さんは、これからどんな活動が始まるのか、不安を持っていらっしゃるのではないでしょうか? PTAってなんでしょう? 保護者と先生が、子どもの健全な成長と幸福を願い、より良い学校教育・家庭教育・地域の教育環境作りを目指して、学びあい・考え合い・協力する組織活動です。任意団体ですから、自由加入が原則です。自主・自立の活動を進めます。

 では、何故PTA活動をするのかを考えてみましょう。子どもの為に何かしたいから。学校の事を知りたいから。仲間を作りたいから。様々な理由が有ると思います。我が子がこの学校に通って良かったと思えるようにしたいと思うのは、親としての願いです。

 では、どんなPTA活動をしていくのでしょうか。心・学力・社会性・体力について学び合い、考え合い、課題解決に向けて実践して行きます。PTAは組織活動です。子どもとはどういうものか。ここの地域の子どもたちに必要なことは何か。ということを、最も身近に居る大人として考え、会員のみんなで、地域の力と協力し合って実践して行きます。

 当然多くの方が集まると、意見の違いが出てきます。いろいろな立場の方がいらっしゃいますし、先程も出たと思いますけれども、いろいろな事情の方もいらっしゃいます。また、いろいろな力を持った方もいらっしゃいます。それぞれの立場を尊重し、思いや特技を十分に生かし、また事情を汲んであげて「どうしたの? 無理しないでね」と言えるような関係が必要となるんではないかな、と思っております。PTA活動はその時々の状況に合った方向で、自由に多面的にいろんな形で進めていくことができます。

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 実際活動を始めてみると、様々な悩みや課題にぶつかると思います。役員さんや委員さんの本音はこんなものなのかもしれません。「みんなのためにがんばったことは認めてほしい」「できる時がきたらやってほしいな」「できることだけでもいいからやって欲しいな」というのも有りますね。
 役員・委員にならなかった、なれなかった方も、大勢いらっしゃいます。
 この方達も、ここに書いてあるように、「お便りを読む」「意見を言う」「アンケートに答える」、そして一番大事なのは、「感謝の気持ちを言葉に出す」ということではないでしょうか。「ありがとう」「ご苦労様」「大変だったね」「とても助かりました」。そういう言葉がけ一つで、一所懸命やっている人は救われるのだと思います。

 お家でご主人が、パソコンを一所懸命引き受けてくれて、自分は役員・委員を引き受けられないけれども、陰でだったらやるよ、と、そういう例もございました。学校に通う子を持つ親だからこそできる、学校・家庭・地域を繋ぐ大事な役割にチャレンジしてみませんか?

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 組織の説明です。組織図が有ります。よくご覧になっていただくと分りますけれども、上から下にじゃなくって横並びになっています。会員と委員会が横並びになっていますが、これはPTA組織が上から下へという力関係ではなく、組織や運営の基礎は会員一人ひとりにある、ということを表しています。このことは良く、皆さん覚えていて欲しいな、と思って活動しています、スタートさせています。で、次から簡単に行きますね。

 『学年・学級の活動』は、先生・保護者・子どもたちのより良い関係作りです。『文化厚生の活動』は、子どもを育てる大人の学びのために。『広報』は、コミュニケーションの和を広げていきます。『校外活動』は、大人も子どもも社会の一員ということを忘れずにいましょう。そして、『PTA役員』は、組織の代表。『役員選考会』もあります。『運営委員会』では大勢の人が一緒に活動するのですから、「報連相(ほうれんそう)」、すなわち「報告」「連絡」「相談」を忘れずにしましょう。
 対話のできる関係です。各委員会も同じことです。先程も申し上げましたけれども、言葉がけ、「大丈夫?」とか「ちょっと大変なんだ」っていう、そういう関係がいいかなって思っています。

 そして、PTA連合協議会です。区内PTAに共通する目的、子ども全体に関わる安全の問題とか、教育改革のこととか、いろいろあると思うんですけれども、そういう一個の学校だけでは無くって区内全部の学校に共通する課題、その解決に取り組むのには、やはり連合協議会制度が欠かせないものになります。そして各単位PTA、そしてブロック間の相互の関係を大切にして行きます。区の教育行政の動向も伝えます。うちの教育行政って何をやろうとしているんだろうとか、そういうことはやっぱりきちっと知った上で活動して行ったら良いかなと思います。

 で、最後に、自主的な活動を尊重し、地域の課題に柔軟に対応できるようにします、ということで、連合協議会は上からあれをやりなさいこれをやりなさいというのでは無く、一個一個の学校の、或は地域の活動を大事にして行くように手助けをするというふうに考えています。連合会として繋がることで更に活動の幅が広がり、より大きな力となります。「一年間、ご一緒に活動して行きましょう」というふうになる訳です。

 で、この後にお役職ごとに、例えば会長グループとか、書記グループとか、学級委員グループとか、そういうお役職ごとにグループ分けして懇談会をする訳です。そこにはいろんな学校の新しく役員・委員になった方が集まってくる訳ですけれども、その人たちが「うちはこんなでこと困っているんだ」とか、「私ちょっとプレッシャーなのよね」とかって、そういう事をいろいろ言い合って、「じゃあこうしたらいいんじゃないの」とか、経験者が居れば自分の経験を話してくれますし、励ましにもなると。活動のノウハウを伝えていくことができるというようなことができるんじゃないかと。

 こういうことをきちんと押さえた上で活動して行くと、もし、自分で活動して行って壁に突き当たったり、トラブルになったときに、大事なことは何だろうと。「何でこんな所で躓いちゃったんだろう」、「でも、大事なことは、子どものためにだから、余計なことは削っていこうよ」とか、「このことはやっぱり削れないよね」とか、いろんな話し合いができると思います。大元のところの原点に立ち返って考えることができるのではないかなと思います。ま、世田谷区の場合は、原点とは何かなというと、やっぱり子どもたちのための活動になっているかどうかです。

 こういうプロセスを丁寧に踏むことによって、見通しを立てて活動に取り組んでいくことができるのではないでしょうか。
 私達が大切にしていることは、人との出会い、対話の出来る関係、学びのプロセス、地域の絆で、その様な積み重ねが、保護者と地域社会・学校・教育行政との信頼関係を築き上げて、地域における教育的基盤を作り上げて行くのではないかな、というふうに思っています。以上で私の話を終らせていただきます。ご静聴ありがとうございます。
≪拍手≫

フォーラム PTAは「新しい公共」を切り拓けるか(2010/08/07)
posted by pomo at 22:52| Comment(0) | フォーラムの内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする